そういう意味で、初めて人を好きになった。男に、惚れた。しかも堅物で有名優秀な、上司に。

なんで、わざわざそこなんだ。



「却下だ。異動の時期はセンゴク大将と話し既に決定している。一軍人である卿が気にする問題ではない。」
「そう、っすか。」
「俺に嫌気がさしたのだろう、珍しいことではない。だが、私情を挟み職務に当たるような者を軍においておくわけにはいかない。堪えて成長するか職務を辞するかは確かに卿の自由だろう。」

気づかれてる。胸元にしまってある退職願を服の上からおさえ言葉につまる。上司は異動願をそっくりそのまま引き出しにしまった。そこの引き出しを上司が開けたのは初めてだ。ちらと見えた中には部下のプロフィールが閉じられたファイルが見えた

「話は以上か。」
「・・・中将は、おれの名前をご存知ですか。」
「クザンだろう。それは知っている。逆に問おう、卿は俺の名をいえるのか。」
「アレクシス・・・中将、ですよね。」
「卿は俺を厭うているのではないのか?大概の者は俺の名など知らず、またその全てが俺を厭う者達だ。」

ぶわっと熱を持ったたクザンは言葉に詰まった。そういえば、通称中将親衛隊の部下以外他の海兵からも、アレクシスと呼ばれているのを聞いたことがない。だから気になりだから調べだから、と、クザンは自分がこの上司を好きはじめたキッカケを思い出し失礼しますと頭を下げ性急に自分のデスクへ戻る
話を一部始終聞いていたであろう周りには親衛隊の面々しかおらず、唯一クザンと同時に入隊した男は先日クザンに深く深く謝り別の隊へ異動してしまったのだから

「追及などせぬよ。少しお喋りが過ぎたようだ。」

席を立ったアレクシスは部屋の照明を落とし一度手を叩く。これは昼休憩の合図だ。手を叩く音と同時に鐘が鳴り、よく訓練された部下達はクザンとアレクシスを除き我先にと食堂へ向かっていった
デスクに重ねられた正午までの業務内容報告書を束ねたアレクシスはぐしゃぐしゃと報告書を潰すクザンをちらと見てからいつものように速読を用いて報告書へ目を通す
クザンはこの気まずい空間から早く逃げたいが、一度皺だらけにしてしまった報告書に上手くインクがのらず、ああもうと頭を抱えてデスクに突っ伏した

「それは強制ではない。」
「・・・わかってます。」
「無駄話に興じた時間分昼は短くなったであろう。問題はない。速やかに休憩に入るといい。」
「書きます。」
「昼抜きは午後の業務に支障がでる。」
「おれァもうガキじゃねーんだ自分で管理くらいできる。だいたいそんな鉄仮面で突き放したような言い方すっから人が定着しねぇんだろっ。ちったァ部下を見守んのが上司の役目じゃねぇのか。」
「業務に支障が出る可能性があるのなら管理するのが上司の仕事だ。卿が放っておけというのならそうするが、俺はこれから昼食だ。」
「オレがジャマならそう言えばいいでしょうや!」
「そのように感じたことなど唯の一度もありはしない。この隊へきた者全てを、俺は一様に守るべきだと思っている。俺は、存外身内に甘い男なのだからな。」

自覚はしている悪い癖。直りはしない。諦めている。淡々と述べ書類をデスクの所定位置へ片したアレクシスは引き出しから取り出した箱をぱかりと開き静かに目を伏せた

「昼はとらぬのか?」
「・・・。・・・今から行ってもすごく並ぶんで。」
「行列は嫌いか。」
「座るとこないんですよ。」
「そうか。ならば半分どうだ。玉ねぎのパイだが、これに熱いコーヒーがある。もちろんたっぷりのクリーム入りでな。」

言葉の意味がわからず訝しげに振り返れば、サクサクとナイフで丁寧に切り分けられたパイが箱の上蓋にのせられている。箱の本体をクザンのデスクに置き部屋から出て行った背を見送り、パイをじいと見つめた。玉ねぎのパイなんて食べたことも売っているとこも見たことがなく、戻ってきたアレクシスがデスクに置いたマグの中身はクザンの知らない飲み物だ

「ウインナーコーヒーと呼ぶらしい。俺は作法など気にしない質だ。好きに飲んでほしい。パイが苦手ならば今日はフランクフルタークランツもある。」
「・・・何よ、それ。」
「ケーキだ。おいしいかどうかは食べてから判断してくれ。俺が先に言ってしまっては意味がない。」

それではと指を絡ませ手を結び数秒目を瞑ってからパイを食べ始める姿につられて同じ様に手を結び目を閉じれば、ほうと感心したような声で目を開けた
みれば、堅物で趣味も特技も仕事で間違いないほどに真面目過ぎてぴくりとも笑わない上司が、僅かに目を細め口角をあげている。クザンは虚をつかれ、勢いよく顔を逸らした

「同じ挨拶をする者ははじめてだ。卿とは仲良くなれそうだが、どうだ、今夜飲みにでもいかないか。」
「飲みに・・・おれと、中将、が?」
「もちろん俺が全て出そう。なに、予定があるのなら断ってくれて構わない。ただの、気まぐれだ。ああいや、答えなどわかりきっているな。忘れてほしい。」
「え、あ、」
「いや、実際のところ卿はどうなのだ?俺をどう思っている。」
「な、んでっ、んなこと答えなきゃ、」
「俺の手作り、嫌がらず受け取っただろう?」

手作り、と手元を見て顔を真っ赤にする。あまりの熱さに溶けそうだ
クザンは気付かなかったのかと回収しようとするアレクシスから慌ててそれを遠ざけ、パニックになった頭で寄んなと叫ぶ。そして、尚も迫る手にばくんと何切れをも頬張った

「無理はするな。」
「んぐっ、ぐ、げほっ、苦し、」

案の定喉に詰まらせ青くなりながらコーヒーをぐい飲みし、無理じゃない!と叫ぶ。こんな感情気持ち悪いだけだ、希望もない、だから忘れるためにも別の隊に行きたかったというのにそれを却下され、あまつさえ歩み寄られた。もうどうすればいいのかわからず、死にたいとすら思える心情ではまともな受け答えなどできはしない

「おれにくれたんでしょおれが食べる!」
「無理にとは言っていない。」
「おれのだっ!」

威嚇している自信がある。ついでに、能力が制御できてないので部屋の中でブリザードが起きている。もうどうにもならなくて、凍ってしまったパイに涙がでてくる始末。パシンパシンと零れた涙は霜が降りた床に当たって凍る

「うむ。動けないな。」
「っ、なんでこの状況で冷静に!」
「卿が動揺しているからだろうな。俺まで慌てては収拾がつかん。さて、卿はどうすれば落ち着きを取り戻すのだ?」
「・・・ッ!!あんたがおれと付き合ってくれたらおさまるんじゃないんすかね!」
「付き合うとは、つまり交際をということか?しかし俺は男色ではない。故郷では男色は死罪であったしな。」
「こんなときまで真面目に答えんな!!」
「卿は些か直情型過ぎる。相性は悪そうだがバランスはとれそうだな。ここでは違法でもないようだ。わかった。卿の申し出、確かに承った。今このときから、卿は俺の・・・うむ、どちらになるのだ?彼氏で良いのか?」

顎に手をあてたポーズで凍らせてしまったクザンは何を叫んでいいかわからずその場にうずくまり、ぐいと氷の筋を拭い取りアレクシスを見上げた

「その言葉っ、忘れんなよな・・・!」




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