同棲後(結婚(笑)間近)


「アレクシスさんにとって、おれって何よ。」
「不思議な質問だな。」
「アレクシスさんが言わせてるんでしょ。」
「俺がか?」
「返事、いつまで経ってもくれねェし。確かに、男が男になんて一般的じゃないかもしれねェけどさ、でも、あんまりじゃねェの。」

ミルクティーのシャーベットを食べながら返事に該当しそうな話題を探したが、特に急かされるようなものはなかったかのように感じる。心当たりがないのはクザンにも分かったのだろう、荒々しく席を立つと家から出て行ってしまった

「返事、か。」

最近したプライベートでの会話を脳内再生してみれば、アレクシスには一つだけ気づいて頭をかく。ひと月前だ。クザンから所謂プロポーズというやつをされたのは
アレクシスがそれを受け入れるには残してきたものが多すぎた。単純な話、妻帯者なのだ。いや、だった、のだ
付き合った当初、籍をいれた女性が一人いると話してあったことをクザンも覚えていて、アレクシスが何か返す前に酒をヤケになって飲みまくり潰れてしまったのだからてっきり返事はいらないものだとばかり思っていた

「卿はまだ若い。いくらでも女性と経験を積むチャンスが転がっているではないか。海軍本部大将ともなれば望まずとも。」

このまま消滅してしまうのが最善だろう。アレクシスは眉を寄せながら目を瞑り、自分に言い聞かせるように呟いた

「俺は異物だ。」

皿洗いをしてシャワーを済ませ、やることがなくなってしまったらもうダメだ。アレクシスの頭の中でせめぎ合う良心と私心に無私を心掛けねばと本を手に取りまずは無心を努める

「駄目だ。」

文字を見ているだけで、ちっとも読めやしない。朝になれば職場で嫌でも顔を合わせるのだからそこではっきりさせるべきだろう
鍵をかけたドアの向こう側に泣き叫ぶような自分がいても、アレクシスにはクザンの人生丸々潰す勇気は持てない
クザンに求められ、応え、二十何年も恋人としてそばにいた。だから、アレクシスの中に確かにある想いが苦痛として冷静な部分を責め立てる

気付けば、アレクシスは着の身着のまま家から飛び出していた

居酒屋、バー、カフェ、お姉さんと飲むタイプの飲食店。ホテルに仮眠室、同じ大将であるサカズキとボルサリーノの家だって非常識な時間にと深く頭を下げながらまわった
ガープにつる、センゴクの家にも訪ねて歩き、何があったのかと問われ大丈夫問題ないと踵を返す。とうとうアレクシスはこの世界に迷い込んで途方に暮れていた自分を拾ってくれた恩人であるゼファーの家にまで走り、そしてクザンの居場所が不明のまま宛てがなくなってしまった

「アレクシスがそこまで必死になるのは珍しいな。」
「この世界で、この命を使うのならゼファー大将かクザンのどちらかのためにと言い切れるくらいに、クザンを想っています。」
「なら何があった。」
「プロポーズに返事をせず、ひと月経ってしまいました。」

そりゃお前。と神妙になったゼファーはポケットから取り出した指輪をアレクシスに渡し、アレクシスは半ば呆れるように息を吐く

「せめてもと、お渡ししたものです。」
「返す。これは、お前がそういう相手を見つけた時のためにとっといたものだ。まさか相手がクザンになるとは思わなかったがな。」
「ですから、」
「プロポーズし返してこい。おれへの恩返しは幸せになることだと言ったはずだ。」

無理矢理手に収められた指輪は金色に輝き、純度が高いのだろう非常に柔らかくゼファーなら指でぐにゃりと曲げられそうだ
アレクシスはそっとそれを握り、深く頭を下げた

「ありがとうございます。」
「早く行け。」

もう探す宛はない。ならば店という店を。路地という路地を見て回ればいいだけだ。そして夜が明けるまで必死に駆けずり回った。汗だくなのも髪の乱れもらしくないが、アレクシスにはなりふり構っていられない

一度家へ戻るかと上着を脱ぎ汗で張り付くTシャツを肌から剥がしながら鍵を取り出したアレクシスは、門を開けてすぐにある背に安堵からため息を零した

「クザン。」
「・・・すぐ、出ますから。荷物くらいはいいでしょ。」
「何だ、もう、決めたのか。」
「別に。・・・解放してあげんだから、もっと喜んだらどうです?ああ、違うか。鉄仮面はデフォルトですもんね。」

手のひらにある指輪は朝日で光っている。神々しいまでの煌めきも、今のアレクシスには何の価値もない
家に入っていったクザンを見て数秒、アレクシスは次いで帰宅しこれから一人になる家の中を見回した

「クザン。」
「何よ。」
「行かないでほしいと言ったなら、聞いてくれるか。」
「は?あんたがおれに?んなこと言うタイプじゃねェでしょ。」
「そうだな。すまない。」

滲む視界に卑怯にはなりたくないと拳を握り、クザンをもう一度呼ぶ。クザンは苛立たしげに振り向き、そして言葉をなくした

「元の世界に妻がいた。恋愛結婚ではなかったが、不満もなかった。こうして離れ離れになっても感傷に浸るでもなく、顔も思い出せない。もう、俺の中での一番はクザン、卿だ。卿の持つ可能性を潰す勇気が持てなかったのだ。俺は男で、歳もいっている。生まれた世界も違う。子を成せるわけもない、結婚でのメリットがない。」

いかに自分がつまらなくて他人を退屈させるか。デメリットを切実に訴える顔に、涙が筋を作っていく
クザンは汗だくで髪も服も乱すアレクシスに躊躇い、そして自分を探し回ったのかもという懲りずに沸く期待に先を予想して強張った。アレクシスが自分をそんな想っているはずはない。アレクシスはただ、情と惰性でクザンに付き合っているだけだとクザンは思いこんでいる

「それでも俺は、卿のそばにいたい。すまなかった。ひと月も何も言わず。もう遅いのは分かっているが、卿を厭うているわけでも結婚を嫌がっているわけでもないことを分かってほしかった。自己満足だ。」

ゼファーに対してかのように、しかし全く別の意味で、アレクシスは深く頭を下げた

「潔く身を引けるようにと何度も練習した。それが、この様だ。クザン。俺はクザンが幸せになれれば良いし、クザンが幸せならば俺はそれでいい。」

顔をあげ、握られて温かくなった指輪を差し出したアレクシスは恐る恐るそれをつまんだクザンに堪えていた涙を溢れさせる

「好きだ、クザン。」
「なんで、あんた・・・いつもそう飴を与えんのよ。止めようとするたびにさ。なんなんだよ。」
「調子がいいのは分かっている。信じられないのも当然。その指輪は俺がこの世界に来たときにしていたものだ。うんざりだろう俺には。それを、ひと思いに潰してほしい。」

簡単にできるだろう潰すという行為を、クザンは知らない。クザンはどうしていいかわからず指に力が入ってしまう。ぐにゃりと、いとも容易く指輪はその輪郭を失った

「や、わらか、」
「熱に強すぎる反面とても軟らかい金属だ。」
「先に、言えよ・・・潰しちまったじゃねェの。」

大事なもんなんだろと慌てて形を戻そうとした手を掴まれ、クザンは違うからと声を張る

「好きは、本当?おれ、信じるけど、今度こそ。」
「仕事中に甘やかせというのを、断るのが最近辛くて仕方なかった。甘やかしてやりたいし、サボるのについていきたい日だって。知らないだろう、この葛藤は。」
「知るわけないでしょうや。言ってくんないんだから。」
「その我慢を、もうしたくない。こうやって離れてしまうのなら、無私は、捨てていく。俺には恩人であるゼファー大将より、卿が大切だ。卿は俺にとって何に代えても護るべき宝だ。一度だけ、チャンスをくれないだろうか。」

クザンは風が吹き抜けるような開放感と胸を穿つような衝撃を感じた。酒が入ったクザンにであったり熱で魘されるクザンに好意を口にすることはあっても、未だに体の関係がない。キスも数えるほどしかしていないのだから、クザンの不安も不満も諦めも全て仕方のないものだ

「・・・なら、抱かせてよ。」
「抱く?ああ、性交渉か。」
「おれの気の済むまで。ね、嫌でしょ?結局さ、あんたの好きとおれの好きは違、」
「経験はないが、この柔らかくもない体でよければいくらでも。」
「・・・・・・逃げようとしたら氷らせるかもしんねェが。」
「それは別に構わない。元より逃げる気などは欠片もないからな。卿を失うより恐れるものなど、もう俺には存在しない。」

わがままを一ついいか。呟いて、アレクシスは申し訳なさそうに首を傾げる

「よその女を口説くのは、金輪際止めてくれ。嫉妬で身を焦がしてしまいそうだ。」
「それは、・・・あんたに嫉妬してほしくて、やってんだ。止めるよ。」
「そうか。」

嫉妬してよかったのかなんて朗らかに笑うアレクシスは、まずはシャワーをと服を脱いでクザンを見た

「何分初めてだ。できれば、優しくしてくれ。」



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