大川


筍が食べたい!

思い立ったが吉日で山に入った儂は、少し遠くに幼い男児の姿を見た
薄汚れた男児が転んだことで、どうしようもなく胸が騒ぎ、儂は急いで男児のもとへ向かう

(いかん!)

辿り着いたとき、男児は浅い穴の中で胸に短刀を突き刺そうとしていた。咄嗟に刃をつかめば、誰もいないと思っていたのだろう、驚いた様子の男児には覚えがあった
猫目に癖っ毛の、見覚えのある男児ははてどこで会ったのか。記憶を掘り起こさずとも、道中見た張り紙にピンときた

「見つけていただければ、謝礼はお好きなだけ。」

そう書かれた人相がきが、ここ数日町のいたるところにはられている。成る程この男児かと、儂はさっと姿を見直し事情があるような男児の目を見つめた
男児は困惑しながらも死ななければと口にし、けれど自害を止めた儂に礼を言い手製だという薬が儂の手に。その薬の滑らかさとべたつかない塗り心地にもう一度男児を見る
流石薬師の名家の跡取りか、血眼になって探すだけの理由を垣間見た気分じゃった


その大切な跡取りを拾った理由を問われても、明確な答えは出せない


「・・・ありがとうございます。」

汚れを落とし、着物を着させ、空っぽの胃にはまずは重湯を与えた。ほっと一息つけば、畳に額を押し付け礼をいう伊賀は今更ながら緊張をしてきたようだ、固い表情で伏く姿には怯えがみえる

「ここは、どこなのでしょうか?」
「忍術学園。忍者になるための学校じゃ。どうじゃ、ここで薬師として住み込みで働くのは。」
「薬師・・・ですが、僕はまだ未熟です。お役にたてるかどうか・・・それに、僕のような部外者を置くのは・・・」
「問題はないと思うがの。それに、儂はこの忍術学園に住んでおる。そして、お主は儂の息子じゃ!初めは疑われるかもしれん。じゃが、すぐに打ち解けられるじゃろう。」

皆お主より年長じゃ。そう言えば、伊賀はまた深く頭を下げた。もう死のうとしていた姿ではなく、生きることを決めた顔じゃ。善法寺でなければ、死ぬことは拘らんのかのう


「お世話になります。」


最初は間者ではと疑ってい者も早々に伊賀を受け入れ、今では合間に様々な学年の生徒が伊賀になぜか忍者の勉強を教えておる。伊賀は別に忍者ではないんじゃが
元々物覚えがよく素質もあったのだろう、当時一年だった生徒が最上級生になろうというころには、授業の補助や座学自体を教えたり、演習の監督をするにまで腕をあげていた

変わらなかったのはその服装。最初の一月以降、全身を隠すように袴も上衣も町人のようなものを身につけ、かつ着物一枚を夏でも重ね着て足首まで隠し、足袋を履いた。手の半分まで隠れるような袖で手甲をし、顔は布で囲うように隠した

新入生には毎度怖がられる姿も、時折みせる目や口から滲む人の良さから結局懐かれる。なにより、よく気がつく気を利かせる性格は、人を惹きつけた

「お主も十になった。どうじゃ、同い年の友をほしいとは思わんか?」
「・・・いえ、僕は今のままで。」

数少ない顔を晒す夕食時の提案は伊賀を思ってのこと。4月からの新入生と歳が同じである伊賀は、歳にあわず聞き分けがいい
それは拾ってもらい、衣住食を保障され、好きな薬学に関わっていられる感謝の心が我が儘を言わせないのじゃ。子どもがそれではつまらん
先生方には、どちらが子どもだかわからないと言われる始末。儂が若々しいだけじゃ

「籍だけでも置き、気が向いたときに授業に参加でも楽しいとは思わんか?」
「そのように先生方に迷惑をかけそうなことは・・・」
「先生方も日頃伊賀に助けてもらっておる。そうしなさい。既に一年い組に籍を置くよう先生方には伝えてあるからの。」
「え!?と、義父様、そのようなことなさっては・・・い組は特に優秀な者が集まります!いえ、毎年必ず例外もおりますが、ですが、顰蹙をかうならまだしも、義父様に迷惑がかかるようなことがあれば・・・」

膝上で箸を握りながらぎゅっと白くなる両手は少し震えている。長々言い訳をいっておるが、芯にあるのは本家に見つかりたくないというおもい
人と関われば自分を知る者が多くなり、生徒になるのであれば素顔を晒さねばならない

「儂がいつまでも守ってやれるわけではない。」
「はい。」
「素顔を晒せと言っているわけではない。在学中の者には箝口令をひいておる。信用ならぬのであれば、卒業するまで素顔を晒さんでもよい。」

元々、在学生のなかで素顔を知っているのは一部であるし、それは伊賀がこの人ならと明かした結果である

「・・・僕、今まで通り先生方のお手伝いをしたり、新野先生のお手伝いをしていればいいのでしょうか?」
「うむ。試験だけは受けてもらうがの。」

わかりました。と言った顔は、不安しか浮かんでおらんかった


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