雑渡


広大な敷地に並ぶ薬草畑。何が植えてあるか表記もなければ、下手に触れれば爛れ侵され蝕まれるだけ
静かな薬師の家からは、忍者には向いていないと思っていた彼がその狂愛をもって優しさを無くし家を治めていた

「鎖も縄もないなら、逃げられるんじゃない?」
「それほど外が好きなわけではありませんから。」

前会った時と少しばかり違うように見える彼の兄は、整った字を綴りながら私の来訪に驚いた様子もなく答える
彼はこの兄をこよなく愛し、好いて独占している。見ている分には滑稽なものだが、前この子に約束したことがあるから、少しだけ手を出しにきたわけだけど・・・必要はなさそうだね

「逃げるなら手伝うけど?」
「・・・それは、伊作の兄に恩でもあるからでしょうか。」
「・・・君は違うといいたいのかな。」
「僕は善法寺伊作の兄ではありますが、大川伊賀ではありません。僕は、今から遠い未来よりやってきた、そこでの伊作の兄ですから。」

おかしなことをいうから気でも触れたかと思ったが、半紙に書かれる調合式に真実かもしれないと私は不思議な子の横に座った

「なら余計、逃げればいいと思うよ。」
「伊作のそばにいます。」
「兄だから、かい?」
「いいえ。後か先かで家の兄弟は決まりません。多分、ここでの善法寺家も。」

優秀な方を兄、劣る方を弟と定義します。優秀な兄劣る弟ではなく、優秀だから兄、劣るから弟なんです。
ですから、母は四番目ですが長女なのです。 父は外からの方ですし理解しにくいようですが。

確かに理解できない話をする彼は、至って真面目にこちらでも理解されない話でしたから無理には。と微笑む
ぶっ飛んでる家の子だからこの状況にも慣れるのかな。何にせよ、この子にその気がないなら長居は無用。お暇するよと立ち上がった私に、わざわざすみませんと彼は丁寧に頭を下げた

「また薬売るのかな?私が使っているのなくなっちゃって。」
「熱傷の具合によっては皮膚移植がオススメですが、伊作の兄が作っていたのなら僕が伊作にお願いすればすぐにでも。」
「また君はそうやって突拍子もないことを・・・」

またねと頭を撫でた私に、彼はありがとうございますと笑って私の掌に収まるような壺を差し出す。これはと首を傾げた私に、改良版ですといたずらっ子のように小首を傾げまた半紙に向き直った
私は出来るしいい子なんだけどねぇと、部屋に近づく気配に屋敷から抜け出した




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