食満


「伊作、伊作・・・悪かった、本当に。」
「謝るくらいなら、最初からやらないで。」

兄様は帰らない。兄様、優しい兄様・・・泣きながら大川の髪を撫でる伊作は、僕はちゃんと言ったのにと俺を睨む。鋭く、暗く

「あんな女に興味なんてないって言ったじゃないか。恋敵候補が一人除外されるんだから寧ろ喜ぶべきだって。」

大川の遺体は伊作が整えたのか、綺麗な姿で葬られたらしい。あの時はまだ妙な妖術にかかったままで、よく覚えてない
だからか、大川が小平太に負けたことが、未だに信じられない
僕の兄様。そう呟いて、伊作は煤を払って綺麗になった髑髏にそっと耳をあて、聞こえるはずのない心の臓の音を聞く。尊ぶべきなにかのように大川を感じる姿は、まるで色恋のような錯覚を起こさせた

「僕から兄様を奪ったのは誰?」

すくっと立った伊作は、大川を見下ろしながら問う。俺は小平太がと言いかけて、俺たち皆かとまた謝罪を口にした

「・・・留三郎。」

振り向いた伊作の姿が消え、真後ろから首に苦無があてがわれる。唾を飲み込んだ俺は、その速さに目を見張り振り返った

「う゛ぁっ・・・!」
「じゃあまずは留三郎からね。」

ふふっと小さく笑った伊作の声に動けなくなり、切られた肩をおさえながら伊作を呼ぶ
伊作の持つ苦無からは俺の血と、青みがかった液体が床に落ち、途端に襲った痺れに恐る恐る肩をおさえていた手を見つめた

「伊、作・・・?」
「僕は兄様を、留三郎はあの人を。愛しい人をなくしたのは同じなら、立場は同じだよね。」

だからかわいそうな皆に作ってきたんだ。柔らかく笑った伊作の手から無理矢理引き出された俺の手に輪っかが落とされる
滑らかな白色の飾りが連なる輪っかはつけてあげようかとすぐに伊作の手に渡り、ちょっとしゃがんでといつもと変わらず笑った

「伊作、それはなん」
「しゃがんでってば。」

頬を掠った手裏剣に口を開けたまま固まる俺は、血を垂らす頬に視線を向け足を竦ませる。目の前にはよく知る伊作の顔があって、その伊作は知らない動きで俺に傷をつけたんだ

「伊作っ、」
「しゃがんで。」
「ッ・・・」

言うとおり座ろうとして倒れ込んだ俺は、足を持ち上げられ息を飲む。伊作は何食わぬ顔で俺の足首に輪っかをはめ、これでずっと一緒だよと俺を見つめた

「な、にと・・・一緒、なんだ、よ、」
「あの人と。」

伊作の目の奥をじっと見つめるように顔を近づけさせられて、吸い込まれそうな深さだと必死に目をそらす

「好いた人がそばにいないと悲しいでしょ?だから、頭と四肢をバラして肉を落として丁寧に洗った骨を身につけやすくしてみたよ。僕も早く兄様をそうしたい。」
「伊作っ・・・!あ、あの女のことを皆好いていたわけじゃないんだ!」

大川のことは謝り続ける。償いだってする。ただ正気に戻ったと分かってほしくて言った事実に、伊作の苦無が床に俺の頭が打ち付けられるのと同時に耳を裂いて刺さった

「い゛っ!?」
「好きでもない女のために、留三郎は僕に冷たくして時には暴力をふるっていたの?そのせいで僕がどんなに大丈夫だと言っても兄様は気に病んでそれで殺されたんだ。僕の、兄様が、僕以外に、一人で会いに行ったんだ。」
「あれは妖術で」
「言い訳するならもっとマシなものにしてよ。妖術?何を言ってるの?僕を壁に打ちつけたとき、君は幻術にかかったような症状はなかったよ?薬のニオイもしなかったし、第一君たちがあの人に陶酔した初対面のあの瞬間、僕も下級生もなんともなかった。」

まだ好きなんでしょ好いていて死んでしまったのが受け入れられないからそんな嘘つくんでしょあんなに好いていたんだからそんな簡単に冷めるわけないよ。俺に微笑みかける伊作は、まだ好いてるよねと俺の心の臓に突き立てるように胸に刃を触れさせる
言わないと、早く言わないと殺される。少しでも口を動かそうものなら自然と歯がカチカチと鳴りみっともなく唾を飲み込むことしかできない

「留三郎?」
「ッ、いてる、」

痛みが走り、刃が肉に食い込む。これは誰だ伊作じゃないのか、死んだのが伊作で今いるのは大川か、いや大川はこんなことしない伊作だって、こんなことしない
なら、じゃあ、だったら、これは誰だ

「聞こえないよ?」
「好いてるっ・・・!わ、悪かった、伊作、俺、まだあの人を好きなんだ、」

瞬間笑った伊作の目は、どろどろと淀んで濁り、笑みだけは穏やかに優しく俺に向けられていた



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