「ひっ・・・!?」
「はじめまして、善法寺伊賀です。」

食満であってる、よね。そう微笑む伊賀は、僕と伊賀を忙しなく見比べて口を噤む留三郎にことりと首を傾げる
留三郎は青ざめ首をふり、嘘だろと呟いて後退った

「僕は紛れもなく善法寺伊作の兄だよ。」

ね、伊作。柔らかく笑う伊賀は僕を知っているって。伊賀と僕はどこまでいっても双子なんだって。僕は嬉しくて、その笑みに笑みを返せるんだ

「うん。留三郎、顔色悪いよ平気?」
「ぁ、あ、ああ、いや、」

留三郎の目が不自然に泳ぐから、僕は体調悪いなら診ようかという伊賀に隠れてそっと後ろを振り返る。いつもは逃げようとするのに、今日はそうしないから
そこには大きな目を落とさんばかりに開いてる小平太がいて、気づいた伊賀も振り返れば塹壕を掘っていただろう苦無を胸元に手繰り寄せ握りしめた

「小平太っ、なにをしてるんだ!」

そんなことをしたら手が使い物にならなくなる。やめてと小平太に近づいた僕を、焦ったような長次が表れて止める。長次!とその手を剥がそうとする僕に、長次はもう許してくれと頭を下げ今にも膝を折りそうに声を絞り出した。意味がわからない

「自傷行為は見過ごせない。当たり前じゃないか。」
「違う、そうじゃない。」
「七松・・・!?」

伊賀の驚きに振り向けば、伊賀の足に縋る小平太が。殺意が湧き上がり長次の手を振り払った僕は、小平太の髪をつかみ伊賀から引き剥がす

「いっ、いさくっ、」
「僕の伊賀に触らないで。」
「わ、たしっ、ゆるして、」
「何を許すの?」

小平太を蹴り倒して手裏剣を構えた僕に、小平太はもう好いてない好いてないんだって訴えた。ちょっと僕には理解できなかったけど、伊賀は優しくどういうこと?と小平太に問う

「わたしっ、確かに天女様を好いてた・・・でもっ、今は違う!もう好いてないっ!」
「ななま」
「それは許さないよ。そんなこと許せない。」

なにを言ってるの小平太。僕の一番を奪った理由がそんな軽いものだなんて許せるわけない。それくらいいい加減理解してくれてもいいと思うんだけど

「僕の兄様を、僕の存在を唯一認めてくれた兄様を、僕の大好きな兄様を、些細な理由で殺したなんて許さないから。」
「あ、あの時は本気で好いていると思い込んで」
「思い込むってなに?そんな曖昧なもので僕の兄様を・・・」

兄様の最期の姿をみたときの僕の気持ちがわかる?目の前が暗くなるってもんじゃない。世界が終わったんだ
僕の世界を壊しておいて、小平太は原因を言い訳するの?

「伊作っ、伊作!伊作す、」
「伊賀を僕から奪ってそれで許しの道があると思ったの!?」

手裏剣は長次の肩に刺さり、小平太の顔が長次の呻きに合わせてからくりのように動く。なんでと口が動き、留三郎がへたりこんだ

「この世の終わりかと思うほどの絶望を、小平太も味わうといいよ。大切な誰かが傷つき死ぬのをみて、僕と同じ気持ちになって、ようやく僕は許せるから。」

当人以外傷つける気がなかった僕はまだ甘かったんだろうね。苦しみをわかってもらうには体験してもらうしかなかったんだ

「大川っ、大川、わたしを、ゆ、るして、」

救いを求めた小平太の手を一歩下がって拒否した伊賀は、伊作が許せないなら僕も同じ気持ちだよと微笑む。本当にあれは私の力じゃなかったんだと騒ぐ小平太は伊賀をみて手裏剣に塗った毒で嘔吐する長次をみて、そして僕をみた

「聞いてくれ伊作っ、あんな、わたしが大川を殺せるわけな」
「ゲホッ、」
「おぉ、か、わっ、」

伊賀の口端から血が流れ、小平太の喉が悲鳴を飲み込む。伊賀は何度か咳をしてあてがった手を見つめ、僕の胸は握られたように苦しくなった

「すごい、苦し・・・っ、」

伊賀の血が地面に染みる。なんだろうこれと僕をみてくる伊賀に駆け寄って、着物に滲む赤に血の気が引いた

「わたしじゃないっ!!わたしはなにもっ、」

小平太が自分の手を震えながら見つめ、違うんだとガリガリ引っ掻く。これはわたしじゃないわたしの手じゃないと叫びながら

「大丈夫、傷があるわけじゃないから。」
「でもっ、血が・・・!」

焦る僕に機嫌治った?と微笑む伊賀。今そんなことと抗議する僕は、僕に触れた唇の柔らかさに停止した

「どこにも行かないよ。」

指を絡めてきた伊賀の手は温かくて、きゅうと締め付けられた胸に眉を下げれば、伊賀の眉もへにょりと下がる

「中在家の解毒をして、七松を正気に戻そう。気を失ってる食満は保健室へ連れて行こうね。」
「伊賀は、優しすぎる・・・」
「そうかな。」

でも伊賀が望むなら。そう笑って解毒薬を手に長次に駆け寄る僕に、伊賀は伊作だって優しいよと笑った



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