「ですが、働きもせず無償でおいていただくわけには・・・」
「この忍術学園はお主の家じゃ。儂の息子であるお主が住むのに金銭など要求せんよ。」

深く頭を下げた僕に、先方は笑う。けれどそれは僕に向けられたものではない。先方の、本物の息子に向けられたものだ

「では、よろしくお願いいたします。」
「うむ。不便が多い故慣れるまで時間もかかろう、世話役というと難じゃが、相談役として一人生徒をつけよう。」

好待遇に驚く僕は、頭を下げて部屋へ入ってきた少年に君はと声を出しかけ噤む。きっと彼はまともじゃないから

「六年は組、善法寺伊作です。よろしくお願いします。」
「よろしく。善法寺伊賀、どうやら伊作とはどこででも縁があるみたいだね。」

笑う僕に笑い返した彼は、行こう伊賀と僕の手を引き僕の部屋だというさっきの一室へ案内してくれた
自分なら買うだろうなという着物や筆にため息をつき、勝手に使っていいのかなと彼に問いかける

「もちろん、伊賀のだからね。学園長だってすぐお許しになったでしょ?」
「うん、びっくりするほどあっさりとね。今のところ優しい人にしか会ってないけど、そんなものかな?」
「伊賀にだから優しいんだよ。」

当たり前だといって僕に一着の着物を渡してきた彼は、着れる?と僕の制服を不思議そうに撫でた

「着れるよ。家では着物だから。」
「よかった。」
「井戸も使ったことあるし五右衛門風呂にも入ってた。現代人にしては、結構使えると思うよ。」
「なら僕はあまりお世話できないかな?残念。」
「小さなとこで色んな障害はあるだろうから、突然帰るかもしれないけど仲良くし」
「どうして・・・?」

部屋を漂う空気が、彼が滲ます雰囲気が、寒気のするものへと変わる。鳥肌をシャツ越しに擦りながら、僕は脱いだブレザーを握り締める彼から目をそらせない

「どうしてどうしてどうしてッ!」

地雷原を歩いている気分ではいたけれど、これは想像以上。彼はどうやら僕に似た兄を思慕していて、僕にそれを重ねのだから当たり前だろうが
向けられている目が、弟と完全に一致しているから。なんとか衣住食が確保できたから油断してた

「離れないでよ一緒にいてくれるのは嘘だったの!?離れたいなんて思ってないんだから離れないでよ絶対に許さない!!」
「伊作、ごめん失言だ」
「僕の伊賀僕だけの伊賀僕しかいらないでしょそう言ってよ伊賀は僕を捨てるの?」

瞬きの間で太ももに刺さった刃物に、足から崩れる。痛みに呻いて、抜いちゃいけないやつだと息を整え次に光った鈍色に息を飲んだ

「ぁぐっ・・・!」
「逃がさないから。伊賀が僕に手をのばしたんだ伊賀が僕を生かしたんだ責任とってよ!伊賀っ、僕から離れないで・・・!」

ドスッと深く既に出血している足へ刃物が刺さり、躊躇いなく引き抜かれる。とめどなく溢れる血に、僕は狂気をみた
這って戸へ手をかけた僕は、彼をここまでさせた彼の兄に少なからず殺意が湧く。迷子になった子どものような彼は、こんなにも必死に僕に重ねた兄へと手をのばしているのだから

「僕を捨てないで、伊賀なしの幸せなんてみつからない・・・伊賀、伊賀お願い、僕を伊賀のものにして・・・」

戸を開けて新しい空気が部屋に血生臭い空気を循環させる。僕の血の滴る刃物を握りしめたままかくんと膝をつき電気が消えるように崩れた彼は、幼子のように泣きながら行かないでと柱を頼りに起き上がった僕を見上げた

「伊賀お願い、僕を愛してっ、」

弟と同じ目で、弟と同じ表情(顔)で、弟と同じ声で。そして、僕と同じ姿で。彼は兄を求め朦朧として動けない僕に手を伸ばす

「愛してるよ、伊賀。」
「・・・僕も、愛してるよ・・・伊作。」

最上の幸せだとでもいうようにとろけた笑みを浮かべた彼は、僕のネクタイをつかんで引き寄せ口づけた




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