「な、い・・・!」

がしゃんと擂り鉢が割れる。押し入れをひっくり返し床下を覗き天井裏に這い上がって探しても、伊賀の髑髏がどこにもない
まさか誰かが?と殺意を芽生えさせる僕に、留三郎が部屋の隅で怯えるかのように身を丸める。寝間着から覗く身体には僕が昨夜煎じていた薬の影響で紫色の斑点が浮かび上がって、まるで殴られたあとみたいになっていた

「・・・留三郎、目、大丈夫?」
「っ、い、いさ、くっ、」

血みたいに真っ赤な目に効くような点眼薬あったかなと探しだした僕を、留三郎はなんでもないからいらないからと止めようとする。遠慮はいらないんだけどと苦笑して首を振って、やめろと腕をつかむ留三郎の目を診た
手で頬を挟むように持ち、じとと目を診る。留三郎は痛いのか泣いていた

「痛みは?」
「伊作っ、なぁ、」
「圧迫感とか、痒みとか」
「なあ!やめてくれっ、優しさを俺に向けるなもうやめてくれ!」

おかしなことをいう留三郎が本気で心配になった僕は、伊賀が作ってくれていた問診票を見ながら留三郎の症状を知ろうと質問を重ねていく

「やめろよ!!一体どの伊作が本物なんだなんなんだ!」
「ちょっと留三郎、興奮し過ぎないで。」
「優しくするなよ心配するな!授業で俺たちを躊躇いなく攻撃する伊作なんて知らない平地で転ぶでお馴染みの伊作が転ばないなんておかしいだろでもそうやって優しい伊作は六年間ずっと同室だった伊作でっ、全部、全部、いつも通りの笑顔で!」
「心配するし優しくするよ。だって、僕たち、同室じゃないか。」

いつも留三郎が言っていたセリフを言えば、留三郎は僕を振り払い部屋から出て行った。まるで飛び出すように
留三郎は優しいから、僕が捜し物中だってことに気を使ったんだろうけど

「・・・どこへ行ったの、伊賀、」

髑髏は伊賀自身で伊賀は僕のものなのに、なんでいないの?これ以上僕を絶望させて、一体なにがしたいんだ

部屋中探してなくて、お墓にいったら墓石がずらされて骨壺が消えていた。パニックになって学園長の庵まで走った僕はどこへ隠したんだと無礼を知りながら、学園長に詰め寄る
学園長は訳が分からないといった様子で、けれど伊賀のことかと聞き返した

「僕の伊賀がいなくてっ・・・!どこにも、僕からまた離れていったんだ!」

どうして、どうしてなんだ

「伊賀を返してください!伊賀は僕の唯一のっ、」

伊賀のそばにいたいだけなのに!

「兄様っ・・・」

兄様の部屋で、兄様の物に囲まれて、死のう。僕は名案に弾かれ崩れかけた足を動かした
向かうのは兄様の部屋。兄様との思い出が詰まった、愛しい部屋

「にいさま・・・!」

戸を開けてすぐ、視界に飛び込んできた姿に呆然とする。部屋の中には一人、風変わりな着物を着た兄様がぽつんと立っていたから
僕は兄様を呼び、兄様はゆるりと振り返り首を傾げた

「伊作、なのか?」

どうした、なにかあったのか?知らないうちに泣いていた僕に駆け寄り優しく抱きしめてくれた兄様の匂いに、僕は声をあげて泣く。止めることなんてできない涙が見慣れない着物に染みていって、顔をあげてしっかりと見れた姿に思わず顔が綻んだ

「兄様、」

違う。兄様なんて呼んでるから隙間から零れていってしまうんだ。今度こそ兄様をとられないように、一滴たりとも誰にも渡さないように、僕は心配してくれる兄様の唇へと吸い付いた

「っ、いさ、」
「伊賀、もうどこにも逝かないで。」
「わっ・・・!?」

兄様を押し倒しきつく手首を縛った僕に、兄様の目が驚きに揺らぐ。僕を拙く呼ぶ口を塞いだまま、問う目を見つめ続けた

「ンッ・・・!」

舌を甘噛みすれば身をよじり、兄様は信じられないものを見る目で僕を見る

「伊賀は僕の兄様でしょう?」
「伊作、」
「僕だけを好いて僕だけを見て僕だけを感じて僕だけが伊賀の世界。」

段々伊賀の顔が暗くなり、だけど、しょうがないなぁというように笑みを浮かべた。伊賀は僕の頬に手を添えてこつりと額をくっつけて、ドキドキしたままの僕は、目を瞑り弧を描く伊賀の口が紡ぐ言葉に上気する

「僕の可愛い愛しい弟。伊作の幸せは僕の幸せ。伊作の幸せに僕が不可欠なら、それは総じて僕の幸せ。」
「伊賀・・・」
「伊作は、僕を愛しているんだね。」

愛してるだなんて、そんな曖昧でよく解らないこと、思ったことない。でも、伊賀は色恋とかそういう、家族の情を抜かした響きで愛してるなんていう
もしかして、伊賀にとって好きの最上級が愛なのかな?なら、僕は、伊賀を愛してる

「うん・・・僕は伊賀を愛してるよ。伊賀は?」

真偽を問う前に重なった唇に、愚かにも単純な僕は幸せを感じずにはいられなかった



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