ある日天から人が降ってきた。留三郎たちはその人に夢中で、絶好の機会。優しい兄様はなぜか僕を心配するけど、僕は兄様を本当に独占できるから嬉しくて仕方ない
兄様には僕にはない人の上に立つ才能がある。だから、兄様をよく知らなくても兄様に惹かれるんだ。迷惑な話、ね

「みんな、どうしてあの人を好くのかな。」
「知らないけど、みんなあの人が無垢で可憐で守ってあげたいっていうんだ。」

僕は兄様が大切で兄様がいてくれればまずはそれで満足で、だからあの人に夢中にならないことを責められようが咎められようが、気にならない
友達に与えられたら傷をみながら、僕はあんまり痛くないかなと、眉を下げる兄様に笑う

「伊作、大丈夫?」
「うん。兄様は?」
「大丈夫。」

痕が残りませんようにって丁寧に手当をしてくれる兄様は痛そうに顔を歪めて、どうしてと呟いた

「僕がいながらごめんね。ごめん、伊作。」
「兄様のせいじゃないよ。」

誰のせいかと問われれば、いくつかあげられる。空から降ってきた人がみんなを虜にしているのでまずはその人、忍びの三禁を侵すほどにその人へ入れ込むみんな、嫉妬が諍いを呼ぶほどになりながらも表面の薄っぺらい仲良しをみて許している先生方。ほら、沢山
でも、だから兄様は気にしなくていいんだ

「また、みんなで仲良くなれるといいね。」
「そうだね、兄様。」

部屋から一歩でもでれば伊賀、部屋の中なら兄様。僕はどっちも同じように兄様に甘え、昔のように手をのばす
兄様はそれを許したから、僕は迷いなく兄様に好きといえた。兄様を好きでいれた

「すみません、大川先輩はいらっしゃいますか?」
「ああいるよ。どうかした?黒木。」

ぱっと口あてをした兄様は、僕の頭を緩やかに撫でてから戸を開け伊作なら生きてるよって微笑む。なんのことだろうと覗いた僕に、一年は組の黒木庄左ヱ門が善法寺先輩と声を上げた

「あ、ごめん・・・なにか用があったの?」

近頃僕は保健室でも自室でもなく兄様の部屋に寝泊まりしているから、用があるなら探させたことになる。申し訳ないことをしたなと思いながら首を傾げれば、庄左ヱ門の後ろから乱太郎が飛び出して僕に抱きついた

「ら、乱太郎?どうしたんだ。」
「せんっ、ぱ、いが!」

死んじゃったって。泣く乱太郎を死んでないよ大丈夫だよと頭を撫でながら落ち着かせ、どういうことかと問う
乱太郎は泣きながらも安心したように、庄左ヱ門を振り返ってから口を開いた

「伊作先輩が天女様に危害を加えたって話を聞いた伏木蔵が、怪我人は来てないって言う新野先生に噛みつくし、血の跡をみた左近先輩は天女様を殺しに行こうとするし、か、かず、かずま、せん、ぱ、」
「伊作、出るから。」

ぼろっと大粒の涙を零した乱太郎に僕はまさかと零し兄様は動く。消えた兄様にぞっとした僕は、でも二人を兄様の部屋に置いておきたくなくて乱太郎の部屋へと送り、客人として扱われているあの人の部屋へと走った

「伊作、焦らなくていいよ。」
「にい、っ、あ、伊賀、本当に、なにもないっ?」

ちょうど部屋から出るところだった兄様は数馬を背負いながら僕に微笑み、僕から部屋の中がみえないようにして戸を閉める
数馬は気絶しているみたいで、腕から血が垂れ兄様の着物を染めはじめていた

「大丈夫。だって、僕だよ?」
「でも、それでも心配で・・・数馬は、なにが、」
「気絶させたのは僕。」

行こうと手をひかれた僕は、何の変哲もない一室より放たれる甘い香りに隠されたどろどろとした臭気から目をそらし、兄様の手を強く掴んで、引っ張って薬草のニオイが染み付く指先に唇を触れさせる
伊作?と立ち止まり不思議そうに首を傾げる兄様は、柔らかく笑ってから大好きだよって僕の手をつかみ返して僕と同じように指先に唇を触れさせた
瞬間熱をあげた僕は火照る頬を顔をぱたぱたと仰ぎ、でも引っ込めないまま逆に兄様の唇に触れたまま指を滑らせる
柔らかい唇にどきどきして、許してくれる兄様が見てくれてるのを見返しながら、僕は自分のものじゃないみたいな指先を自分の唇へ当てた

「・・・ごめん、なさい、」

恥ずかしさに視界が滲む。数馬の怪我を早く診なきゃいけないのに、兄様から目が離せない

「兄様、」
「伊作、こわい?」

変わってしまうのがこわい?僕の頬を撫でながら問う兄様に頷き、兄様は大丈夫だよと額をこつりと熱くなったままの僕の額にくっつけた

「立花は僕たちを知って幽霊かと最初は思ったがなんて笑っていたね。潮江は気づきながらも隠している理由を双子から想像して黙っていてくれてるね。七松は黙っててやるからバレーしようって一回だけバレーしたっけ?楽しかったね。」
「兄様は僕にきたボール全部受けるから、僕はなにもしなかったけどね。」
「そうだっけ?楽しかったから僕はいいんだけど。」

僕の手をまた引いて歩く兄様は昔からずっと守ってくれた。暖かく優しく強く、守ってくれた。僕は兄様が零す、僕のヘマで双子だってことがバレちゃった時の嫌な記憶を優しい記憶に変換する言葉に目を伏せ、くすぐったいと口元を緩める

「尾浜はへーほーふーんなんていいながら僕たちの不一致部位を探して四半刻近く僕たちの周りをぐるぐる回ってたね。あれは尾浜がかわいそうなくらい面白い反応だった。」
「・・・あれは、本当、疲れたよ。」
「おかしくて笑いあった僕たちをみて笑い方まで一緒なんですねって、観察会は終わったよね。」

保健室の前で立ち止まった兄様の両手は塞がっていて、僕が戸を開けるために伸ばした手は繋いだままの手を引っ張られて戸を掠めるだけ。驚いた僕に、兄様は笑う

「僕が伊作から離れたいと、言ったことがあった?」
「ないよ。そんな、」
「六年生にバレようが五年生にバレようが一年は組にバレようが保健委員にバレようが、僕は伊作を嫌いだと言ったことがあった?」

想像しただけでズキンと痛んだ胸をつかみながら首を振る僕に、兄様は幼さをみせながら、より笑った

「不安になったら今日の会話を思い出せばいい。大丈夫、すぐに客人が来る前とそう変わりない日常に戻るから。」


その晩だった、寝ていた僕は息もできなくなるほどの激痛に襲われ吐き戻し、生理的な涙を拭えずちらつく兄様の顔に疑問だけのこし、意識を失った
気づけば陽はのぼり、僕の前には絶望だけが転がされていたんだ



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