「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・あの、」

恐る恐るといったふうに声をかけた**は、返ってこない声に不安そうに目をそらす。意図不明の状況は、**にとって恐怖にしかならないのだから

「利吉さん、」

微かに香る酒気に**の不安は強まり、抱き締められそれは限界を突破した

「・・・**さん。」

返事をしなきゃ。返事をするのよ。ひどくされたくないでしょう?経験から**の顔は勝手に笑みを作り、口は返事をするりと出す

「抱いていいかな。」
「だく・・・はい、どうぞ。」
「そうやって訳も分からないまま頷いて、真意を聞かないまま・・・虚しくなるだけだ。」

わからない。利吉がなにを言ってるのかわからない**は、わからないままどうしてもうなずいてしまうのだ。それは恐怖からも当然、しかし一番は初めて思う想いだった

「ごめんなさい・・・」
「私は**さんを好いています。**さんも同じ気持ちだと、私は勘違いしていますか?」
「私は」
「勘違いだとしたら、私は**さんを傷つけた奴らとなんら変わらない・・・最低な男だ。」

とうとうこの優しい人にも嫌われてしまうのか。でも、だいてもいいかと問うのだから使い道は残っているはず
だから、追い出されないで済むかもしれない。**は山田利吉という男を想っていて、離れがたく思っているのだ

「私は・・・」
「好きだ、**。」
「っ、ぁ、」

喜びという名の暖かさに涙が滲み、慌てて目をきつく閉じる。悔いはない、好きな人とする何もかもが輝き特別だと、クラスメートがいっていた
ならば利吉から与えられるすべては素敵なものに違いないのだ、例えいつもより口づけが荒く遠慮がないものだとしても

「・・・その涙は、どういう意味で流すんだ。」
「んんっ、」

深いキスに耐性はある。息が詰まることなく応じることができ、触れ合い的確な刺激を与えることも少なからずできた。望まずとも、不利益を被ったことはないので大凡一般的に必要な対応力なのだろうと判断している

「っ、何もしなくていい。受け身でいてくれ。」

突然唇が離れ言われたセリフに、**は驚き動揺した。これすらも満足にできないなら、本当になにもできないつまらない人間だ。ならこれはと着物の隙間から褌に触れた**ははらりと落ちる髪を耳にかけた

「何もしないでくれ。」

ギュッと捕んだ手首の細さに利吉は目を細め、硬直する身体から目をそらす。これのせいでいつも先へ進めないのだから

「私を他の男と重ねないでくれ。」
「はい、」
「私を好いていないなら、この手を離してくれ。大丈夫、母上も私も、貴方を追い出したりなどしないから。ただ本心を、知りたいんだ。」

捕まれた手とは反対、震える手をそっと握られ視線が交差する。**は利吉に捕まったままの手から逃げ、優しく握られている手にその手を重ねた

「利吉さんのこと、好きです。ただ、どうしたら喜んでもらえるかわからなくて・・・優しい利吉さんを同じだなんて思ってません。でも知らないから、喜んでもらえる方法なんて・・・」
「**さんが私に微笑みかけてくれるだけで、私はただそれだけで幸せです。幸せなんです。」

わかりますか?問いながら強く固く手が結ばれ、**の心臓は早鐘を打つ
自然と唇が触れ、**の舌が利吉の唇をなぞった。何かをいおうと開いた口をそっと割り、舌が合わさる

「**さん、」
「お願い、します・・・」

続けさせてと請う**に目を瞑った利吉は、先ほどと打って変わる舌のぎこちなさに逆に興奮を覚えた
これではいけないと**を引き剥がそうとした利吉に、微かに漏れるようなか細い声が躊躇いを生ませる

「好きですっ、利吉さん、」

利吉の回答を口づけで封じた**は肩をつかまれ引き剥がされると、利吉から顔をそらしぎゅっと目を瞑った

「**さん。」
「申し訳、ありません・・・」

こんなことしかできない自分が大嫌いで、情けない。家事も常識も足りないと思いこんでいる**は、はっと気づいて顔をあげる

「私、痛みには慣れています。」
「・・・」
「むしゃくしゃしたら殴って」
「**さん、違います。」
「ですが、私なにもできなくて・・・奥様のお役にたてているかも怪しいのに、息子様にまで、私、役立たず」

**のセリフに、利吉はわからないんですねと悲しげに笑ってみせた
落ち込ませてしまったと利吉に触れた**は、どうしたらいいのと自分の胸をきつくつかむ

「・・・置物、」
「置物?」
「笑うだけでいいということは、置物をお望みということ、なのですか?」
「違います。私は、**さんを幸せにしたいんです。」
「私は息子様・・・利吉さんが優しく触れてくださるのが好きです。」

声も手つきもかけてくださる言葉も、どれも好きです。思い出して笑った**は、ずっと秘密にしていたことを口にした

「寝ている時にただいまの口づけをしてくれるのだって、好きです。」
「・・・起きていたのか。」
「寝てるのと起きているのの間、のような感じなのですが、はい。それがとても、幸せです。」

だから置物でもいい、そばにいたい。いさせてください。頭を下げた**に、利吉は私のほうこそと目を伏せる

「そばにいてください。」
「は」
「頷く前に。私は例え**さんがどこから来ていようとどんな過去があろうとどんなに自分を過小評価していようと、**さんだからすべて受け入れられるんです。」

おどおどと珍しく挙動不審になった**はどういうことかと眉を下げ、利吉のセリフに固まった

「父上と母上のように、互いを想う夫婦になりたいのです。」
「・・・私、利吉さんを想っています。利吉さんが、私の世界です。」

きょとんと呆けた利吉は、ちゃんと好いてくれていますかと問い、**はそれにこくりと頷いてキラキラとした、眩しいくらいに純粋な目を向ける

「利吉さんが好きです。利吉さんの与えてくれる全部が、泣きたいくらいに嬉しいことばかりなんです。」
「**・・・さん、」
「**でいいです・・・**が、いいです。私を、利吉さんのものにしてください。」

大好きなんです。利吉の首に腕をまわし抱きついた**を、利吉は強く抱きしめ返した