「ぱぱ、まま、どこいくの?私眠いよ。」
「大丈夫よ、これから沢山寝れるから。」
「三人で仲良く、ずっと、一緒だ。」
「まま・・・?ぱぱ、?」
「うそつき。おいていったくせに!」

飛び跳ねるように起きて、真っ暗な部屋で荒い息を調える
最近はとんと思い出さなくなった両親の夢をみるなんてと、ため息とともに吐き出して布団に戻った

「・・・少し、」

真っ暗な部屋に一人が怖くなってしまって、涼みに行きたいだけと言い訳して寒さをしのぐための羽織りを着ると、部屋からこっそりとでる
息が白くなるのが早いという山奥で、初めて迎える冬。それにむけて半纏を縫っていたのに、明けが遅くなって夜も早いからあまり進まない

「今日が満月ならいいの・・・に、あの、どちら様で」

かたんと音がした勝手口から漂う血の臭いで、思わず口を覆って固まってしまう。どうしよう、奥様は寝てらっしゃるから私一人でなんとかしないと

「・・・**さん。」
「っ!り、きちさ、」

台所(にある包丁置き場)をみた私を呼ぶ声に、口から心臓飛び出そうになる。吃驚しすぎて
気づいたら目の前に立っていた利吉さんに驚いてごきゅっと空気をのんで噎せた私に、利吉さんは大丈夫ですか?と苦笑してぐいっと顔に滴った血を拭う

「だ、大丈夫ですっ、あの、お怪我を・・・?」
「少しね。すまないが母上を起こしてきてくれないか。」
「は、い!」

奥様!そう口に仕掛けて、ドサッと倒れる音に反射で振り返る
一瞬前までいた利吉さんが視界になくて、下を向いて手がひやっとした

「り、りきち、さ、」

倒れてる、血が沢山で、利吉さんが、どうしてと震えながら膝から落ちる。死んでしまったの?と力の抜けた手を一生懸命に動かして身体を揺すれば、微かに苦しそうに息を吐き出した

「お、奥様っ、奥様っ!奥様利吉さんがっ!!」

優しい方は早く死ぬというけれど、利吉さんはまだ未成年で奥様に大事に思われているのに死ぬなんて
死なないでくださいと沢山優しくしてくださった思い出が、私が死にそうなわけではないのに走馬灯のように過ぎっていく

「**さん、湯を沸かしてくださる?」
「お、奥様!」
「あと清潔な手拭いを。」
「はっ、はいっ、」

利吉さんが亡くなられたら奥様が悲しむ。そうしたら、私を家におく心の余裕なんてなくなってしまう
それどころか、私は利吉さんに助けていただいた身なのだから、利吉さんが亡くなられたら奥様が私をおく理由がなくなってしまう
あんなに誰も知らない場所で何にも縛られず生きたいって思ってたのに、奥様も利吉さんも優しくて外にでたくないと思ってしまってた。これじゃいけないのに

「・・・奥様、お持ちしました。」
「ありがとう、助かります。利吉さん、身体を起こせますか?」
「はい、」

危うく桶を落としかけた私は、利吉さんの腕を裂く傷に貧血気味になってしまう
青ざめてふらふらする私に苦笑した利吉さんはさっきは怖がらせてごめんねと、気を使ってくれた
途端に自分が恥ずかしくなってしまって何か手伝うことはと奥様に聞けば、奥様は笑みを浮かべて利吉さんを見る。利吉さんはえ?って奥様を見返した

「利吉さんの手を、握っていてくださる?」
「てをにぎる、はい、わかりました。」

何だろうと無事な方の手を握ろうとすれば、奥様がこちらと怪我をしている方の腕を示す
え?え?と首を傾げてそっと手をとれば、指先がひんやりして自分が強張ってしまった

「えっ、ちょ、ははう」
「忘れていました、これを噛んでらしてね。」
「は、はい、」

渡された布を大人しく口に噛ませた利吉さんは、こっちからだと何をされるのか見えないけれど、奥様の手が背中に触れてちらっと見えていたピンセットが見えなくなってギッと布を噛み締める
グチって鳥肌がたつ音がして、ぴくっと握っていた手の指が動いた

「あの、何を・・・?ッ!!」

ぎゅぅぅぅっと強く布を噛んだ利吉さんが同じ様に力強く私の手をしめて、指がぎゅっとまとまって変な順番にみえる
痛い痛いと内心叫びながら口に出せる私ではないから、じわっと滲む涙を瞬きで追い出して一生懸命気をそらし続けた

「はい、とれましたよ。」

コン。と置かれたそれをみた私は、テラテラと光る玉を見つめてこれが中に?と利吉さんをみる
利吉さんはぼーっとしているみたいで、ぽとっと噛まれてた布が落ちた
奥様は気にせずてきぱきと手当てをして、桶の中に汚れ物をまとめて放り込むと立ち上がる

「・・・ありがとうございます。」
「今後はないと嬉しいわね。さ、手当てはすみましたから、私は失礼しますね。」

毒もないようですし、後は安静あるのみですよと微笑んだ奥様は、灯りを消さずに部屋から出て行ってしまった
私はというと、握られたままの手がいまいち離せない

「・・・あの、」
「死ぬかと・・・」
「え?」

ぼそっと何かを呟いて横へと倒れた利吉さんは汚れていて、布団をかけるかどうかで悩む
部屋のなかはなかだけど寒いし、でも布団は押入の中。握られた手はまだ冷たくて、気を失っているのかと顔を覗いた

「・・・利吉さ」
「情けないとこを見せたね。」
「いえ、別に、」
「幻滅したかな。」
「げんめつ・・・なんて、しません。」

なんで私が利吉さんに幻滅するのかと首を傾げれば、利吉さんは苦笑して手を離してくださる
人に触れるのがこんなに緊張することだと知らなくて、手汗がひどいと後ろに隠した

「よければ湯を沸かし直して、身体を拭きます。」
「・・・身体を起こす余力はないので、折角だけど遠慮するよ。」
「そうですか。」

では私も失礼しますねと立ち上がりかけて、手をつかまれ中腰のまま。利吉さんがにこりと笑ってありがとうと口にした瞬間に、私は目がじわぁっと熱くなって弾かれたように手を引く
あっさりはなれた手をつかんでおやすみなさいと頭をさげれば、利吉さんはおやすみと優しく返してくれた