007 それでいい *
「古井戸に・・・?あんな小さな子を何日もあんな場所へ!?あそこの水はもう口にできないんだぞ!」
「偶の休暇くらい家族のことだけ考えてれば?」

聞こえる方の耳を嫌そうに塞いだた昆奈門は、助けに行くと荷物を置いて走っていく山本へ目を向けなんでかなぁと抑揚のない声で呟いた

「あの子は本当、人を惹きつける。」

山本陣内という人間は、常識と堅実さでできているような男だ。茶目っ気もなくはないが、忍びとして人として信頼に足る男であるというのが昆奈門の見解だ
けれど例外はある、昆奈門のする非人道的全てに対して山本は苦言すら示さない。昆奈門の父親が自分のせいで命を落とした負い目もあるだろう
そんな山本が、こと***に関して口や手を出してくるのだ

「おもしろくない。」

古井戸へ向かった昆奈門は山本に引き上げられた***の姿にあぁよかったと口元に笑みを浮かべた

「***、おいで。」

立ち上がる力もないのか、地面にへたり込んで腐った水や失禁でもしたのか嘔吐でもしたのか、異臭のする薄汚れた姿を晒す***は、山本の問いかけに一切反応せず無表情のまま虚空をみつめる
気でも触れてしまったかと持っている水を飲ませようとする山本は、大丈夫か息はしているよなと手拭いで顔を拭こうとして昆奈門の声に顔をあげた

「雑渡様、もうこれ以上」
「こ、なも・・・さ、」

掠れた声に山本は勢いよく***を振り返る。***は幼子のような無垢な顔を昆奈門へ向け、昆奈門はこれ以上近くに行ってあげないよと不敵な笑みを浮かべた

「***・・・?」
「どうする?***。」

井戸を支えに立ち上がった***の手から爪はよくて剥がれかけ、指の腹は指紋がなくなっているのではというほどに潰れている
必死に這い上がろうとして何度も失敗したのであろうことは姿を見ればわかり、衰弱したその身体でふらつきながらも立ち上がったことに山本は驚いているようだ

「随分汚くなったねぇ。」
「ぅ、う、」

一回つかんだ袖から手を離した***はよろけて昆奈門に倒れ込む。昆奈門は大丈夫だよとにやりと目に笑みを浮かべた

「私は***を拒絶しないから。私はどんな***も受け入れられるよ。」
「こんなもんさん、」

昆奈門を見上げた***は頭を撫でられ眠たそうに目をとろりとさせ、下りてきた手が頬を撫でれば心地良さそうにとろけた笑みを浮かべたままその手にすり寄る

「***、しようか。」
「はい・・・」
「雑渡様!まずは水を」
「いいんだよ。この状態でないと教え込ませられないこともあるんだから。」

さあ行こうか。抱き上げられた***はこてりと胸板に身体を預け、寝ちゃダメだよといわれ襲ってきた睡魔から逃げるために指を思い切り噛んだ