006 古井戸 *
「・・・***!」
「ん?ああ、尊奈門だ。どうしたの?」
「これ、拾ったから。」

これ。差し出された風呂敷の中身に笑みを浮かべた***は、捨てたのとそれを受け取り焼却炉へ向かう。慌てて後を追った尊奈門はでもそれはと腕をつかみ引き止め、大事なものじゃと風呂敷を崩した
中から顔を見せた鮮やかな花柄に、***の目が一瞬だけ揺らぐ

「いいの。私男だから・・・必要ない。」
「すごい似合ってたのに・・・もったいない・・・」
「・・・似合ってた?本当?」
「嘘なんていわない。」
「***。」

びくりと強張った***は声に振り向き、風呂敷ごと着物を取り上げられあっと声を出した
着物を引きずり出した昆奈門を見上げたまま、***はどうして昆奈門様がここにと眉をさげる

「なに?」
「いえっ、」
「尊奈門、これ焼いておいて。」
「え、え!いいのですか?」
「いいよ。」

行くよ。手首をつかむ力の強さに顔をしかめた***を、昆奈門はちらと見て着たいのかと問う。一瞬間があき、***は慌てて首を横にふった。これはよくないやつだと恐れながら

「昆奈門様っ、」

昆奈門の速度にあわせて小走りになる***は、段々と薄気味悪い雰囲気になる行き先に不安そうに眉を寄せる
一週間みてたんだけどねと、昆奈門は雨がふったわけでもないのに湿る地面の上で立ち止まった

「簡単に触れさせて、笑みを返して、まるで男を侍らせているようだよ。」

えっ、驚いた***の頬を撫でる手は優しいくせに、昆奈門の目はきついまま。***はなにかいわなければと口を開くが、何を言えばいいのかわからずに言い淀む

「言い訳するごとに、私の機嫌が悪くなるってわからない?」
「っ、」

殺気を持って竦ませた昆奈門は、戸惑うばかりの姿に目を細めた
ここら辺に、あぁあった。木々が茂り隠された古井戸の前に、昆奈門は***が忍者隊に溶け込む姿を思い出し拳をつくる。血が垂れるほど強く、嫉妬と気付かずに

『弾!弾みてみてほら!高く跳べるようになったの!』
『陣内さんは髪を結うのがとてもお上手ですね・・・』

『昆奈門様、』

「二人きりなら、様付けはしない。何度いえばわかるのかな?」
「申し訳」
「私以外に懐かない。私以外に媚びを売らない。簡単なことでしょ?***は、私のものなんだから。」

ガタンと古井戸から蓋が取り払われ、***の喉がひゅっと鳴る。けれど逃げることは昆奈門からの仕打ちを想像すればできることではない

「私に逆らわない。もだな。」
「ッ!」

腕がつかまれ縁に押しつけられる。下から漂う生暖かな空気に、***は涙を浮かべ請うた

「お許しを、お許しを昆奈門様っ、ぅあっ、ちが、やだっ、やだ怖いやめてぇっ・・・!」
「自分で降りるか落とされるか、選んでいいよ。」

ガチガチと歯を鳴らし抵抗で乱れた前髪から覗く汗ばんだ額と涙を浮かべる目に、昆奈門は口端をついとあげ震える唇に口づける。素直に口づけに応える***は、甘やかすようなそれに胸が締め付けられた

「***、選んだ?」
「う、ぅ、昆奈門さんっ、」
「そんな甘えた顔をしてもダメ。」
「私っいやっ、わ、悪いとこは全部なおしますからっ、」

グンと井戸に吸い込まれるようにして態勢を崩した***は、押した昆奈門に目を見開き新たに湧き出ることのない水溜まりに全身をつける
慌てて飛沫をあげながら起き上がった***は、打ちつけた身体に泣きながら覗いてくる昆奈門へ手を伸ばした

「昆奈門さんっ!」
「他の男に尻尾を振った罰だよ。しっかり反省しなさい。」
「うそっ、やだ!やだやめてごめんなさいいやだ閉めないでっ!!」

ズズッと重たい蓋が閉まり、光が遮断される。***は少しの間呆然とし、とあるホラー映画を思い出して叫んだ

「やめてやだやだやだ!怖いっ、井戸はやだやめて怖いっ!!」

真っ暗で、生暖かくて、でもひんやりしてる。***は壁を這い上がろうとしながらひたすらいやだを繰り返したが、爪が割れてそれはごめんなさいへ変わる

「だして、だしてだしてだしてだしてごめんなさい昆奈門さんごめんなさい人に甘えてごめんなさい普通に生きてごめんなさい私が生きていてごめんなさい」

自分の心臓の音が煩い。反対に、呼吸音は聞こえない。息苦しくなって、声を出したはずなのにそれも分からなかった
目だけが勝手にキョロキョロ動き、頭がガンガン痛みで響きだす

朝も夜もわからないような井戸の中、***はガタガタと震えながら爪を噛んだ
何日も経ったように感じるし一日もまだ経っていないのかもしれない。空腹は状況が感じさせず、睡魔も襲ってこないが、排泄は身体が勝手に行おうとする
我慢も限界に達して漏らしてから、喉が呼応するように渇いた

「ふっ、ぅ、っ、」

お父さんお母さん会いたいよ、助けてよ、なんで私だけ、***は泣きながら寒気のする身体を抱きしめ、懐かしい友達や彼氏を思い浮かべ壁に身を寄せる。狭い井戸の底で、***は寝ないせいで限界がきた身体が気を失い一時強制的な眠りに落ちたが、それも僅かな間だ

「・・・たすけて、」

これからは優しさに甘えません。人に感情を動かされたりしません。大丈夫平気と貫いて、ご迷惑にならないように息をします。ちゃんと玩具だって自覚して、教育の必要がないように強くなります。なります、誓いますから。ぶつぶつ独り言を発しながら、負荷のかかりすぎた***の精神が軋んで悲鳴をあげている
真っ暗な中に独りぽつんと、***はぐったりと肩に顔を触れさせるように首を傾げてもしかしてもう私死んでるのかなとくすくす笑いだした