004 指南
四町の距離にある旗。風で靡く旗の中心にある赤丸を打ち抜けるかどうか
火縄のニオイ、充填した鉛玉、頬に触れる鉄。息を吐くのと同じく指は引き金を引き、成功はすぐにわかり***は安堵して火縄銃をおろした

「上出来だ。」
「こんな短い距離で、実戦で役にたちますか?」
「たつだろうな。」
「照星さんなら、使いますか?」
「使うだろうな。」

バタバタと騒がしい旗の中心は撃ち抜かれ、寸分の狂いも無い精密射撃は僅かひと月の訓練で叶っている。それを当たり前とし技量に不安を持つ***を、照星はその表情の変わらない顔で見つめた

「・・・タソガレドキから・・・いや、雑渡から、離れるつもりはないか。」
「・・・私は、雑渡様に買われましたから。父のようにも、思っていますし。」
「父、か。」

惜しいなと頷く照星は、次の仕事があるからと訓練の終わりを告げ、また暫くしたら様子をみにこようと寂しそうにする***の頭を撫でる
身には大きすぎる火縄銃を掃除し始めた***は固まり、火縄銃を見つめながら手を止め頬を赤く染めた

「・・・なぜ照れる。」
「・・・久しぶりに、誰かに頭を撫でられたので。」
「そうか。」

忍者としての気配の消し方、身のこなし方、忍び方、照星は報酬もさることながら***の素質や愛嬌も相まってか、自分でも驚くほど惜しみなく技術を与えている
伸びる***がまた自分は弱いのではと不安がっているそれを、払拭してやりたいとすら思い入れてしまうほど

「精進しろ。雑渡など軽く抜いてやれ。」
「それは・・・難しい課題ですね。」

でも頑張ります。笑みを浮かべた***は火縄銃を片付け、ありがとうございましたと立ち上がり深く頭を下げた

「半年間色々学ばせていただきました。今日まで、ありがとうございました。」
「実に教えがいがあった。雑渡に育てられているとは思えないほどの素直さも、好ましい。」

ではもう行く。背を向け去ってしまった照星を見送り、***はマメの堅くなった手を擦り合わせケアしないとと、荷物を持ち忍び村へと駆け足で帰る
誰もいない部屋は本来昆奈門の部屋だが、今昆奈門は尊奈門と共にいるため不在だ。湯浴みをし歯を磨き布団を敷いて寝るだけに帰る***は、昆奈門の婚約者からもらった寝間着に袖を通し布団にはいる
そこへ、戸がたたかれ山本が顔を出した。慌てて起き上がった***は、どうされましたと山本に近づき渡された荷物に首を傾げる

「また、来られていた。今日が最後だそうだ。」
「・・・嫁がれるのですね。」
「受け取るか?」
「はい。私には母も同然の方ですから。」
「そうか。」

風呂敷の中にある着物や装飾品に綺麗だなぁと嬉しそうにする***へ、山本は順調だと部屋に入って告げた

「・・・?」
「回復目覚ましく、もう走れるようにもなった。動きは鈍いが思考に曇りはなく、あと一年もすれば復帰が叶うだろう。」
「・・・雑渡様のこと、ですよね?」

よかった。ほっとした様子の***は成長した姿を早く見てほしいといいながらも目を泳がせ、あの、と躊躇いがちに山本を見上げる

「私は、・・・なにか、雑渡様に粗相をしてしまったので、しょうか、」
「・・・なにかあったのか?」
「半年ほど、前の話なのですが・・・」

振り払われた手の感覚が蘇り泣きそうになった***の不安げな姿にどうしたと膝をつき目線を下げた山本は、嫌われたくないと絞り出され戸惑った
山本には少なくとも昆奈門から***を手放そうなどとは考えられず、リハビリの中でも早く会いたいなと零しているのをきいているくらいだ。断言はできないが、***に大丈夫だといえる程度に心配はないだろう

「雑渡様は息子のように育てた***を、捨てたりなどしない。と、私は思う。」
「・・・ありがとうございます。」

雑渡様の話をきけてほっとしました。おやすみと部屋からでかけた山本に頭をさげ、***はまた一人になった部屋で刀を抱きながら静かに寝に入った