002 日常の崩壊 *
雑渡さんは忍者?らしくて、暇さえあれば私に稽古をつけてくれた。婚約者さんは私の母のような存在で、私は男の子だってことを忘れてのびのびと生きられた。それが、崩れたの

鍛冶屋から帰る途中にあった、まるで火の塊のような建物を前に見たことのある人達が騒がしくいたから。私はなにがあったのかと陣内さんに駆け寄り、教えてくれない姿に妙に焦る
近くで高坂さんが泣き崩れていて、他の人達が口々に発する情報で、私は何があったか知った


「っ、陣内さんっ、雑渡様は、」
「小頭の意識が途切れた!」

ガバッと起き上がった高坂さんはなぜだとその人の胸ぐらをつかみ、私は荷物を捨てて走る。ただひたすら、日常が壊れることを恐れながら
なぜか周りに可愛がられたりして城にいることの多かった私は、この場合どこにいけば雑渡様に会えるかわかっていた

「雑渡様!!」
「***ちゃん!きちゃいかん!!」

医師の制止も小回りの利く体でかいくぐり、私は医務室の奥で人ならざる姿で異臭を発する雑渡様に駆け寄る
打つ手はないのか、爛れて赤く水疱のあるところだけが治療されているのにおののき、なんでと普段より少し白く感じる肌に医師へ振り返った

「熱傷三度ってやつじゃないの!?なんでっ、治療は!?」

手術の概念がないことも植皮しかないことも知ってる!輸液もないからショック死するかもってことも!でもっ、いや!

「雑渡様っ、なぜ、なぜこんなっ、」
「ッ、・・・ぁぁ、***・・・」

動かすだけで痛いであろう手が私の頬を撫でる。でも痛みを感じにくいらしい雑渡様は、医師に治療法を問う私の手をつかみ気を失った
ゾッと足元を浮かせた私は叫び雑渡様に触れ、お願いと泣きながら保健の授業や何かのキッカケに調べた知識を思い出そうと、頭痛がするほど必死に記憶を辿る
死なせなくない死なないで、私を認めてくれた貴方が死んだら、私はまた独りぼっちになってしまう、お願い、独りにしないで

「嫌ですっ、嫌っ・・・!雑渡様っ!!***をおいてどこに行かれるのですかっ!」

泣き叫ぶ私を誰かが引き剥がす。オトナの力には勝てなくて、私は引きつけを起こして気を失うまで騒ぎ続けた

「ざ、と・・・さま、」

翌朝起きた私は胃がもったりキリキリしてとてもじゃないけどご飯なんて食べれなくて、水を飲むのがやっとでトレーニングも満足にこなせない状態だった
上手く寝れずに暗く淀む私に、誰も近づかず雑渡様の怪我の理由は教えてくれない。それどころか雑渡様に近づけさえさせてくれない。毎日毎日目標もなくひたすら打ち込んだトレーニングは身体の衰弱とは反対に捗って物足りなくすらある

「***ちゃん、今いいかしら?」
「あ・・・!婚約者様っ、お久しぶりで御座います。」

あの日おつかいに行った私は、雑渡様の手に渡るはずだった刀をお守りに部屋の隅で雑渡様の布団にくるまるか、鍛錬場で汗だくになるかしかやっていないから本当に久しぶりに婚約者様にお会いした
雑渡様のお見舞い帰りなのか、誰もいない鍛錬場に入って私がかけより、汗だくな私を抱きしめて泣き声をかみ殺す。驚き焦る私に婚約者様はごめんなさいごめんなさいと謝って、つかってちょうだいと何着もの着物を私に押し付け私の制止も聞かずに鍛錬場から逃げるように去ってしまった

「・・・どうしたんだろう、」

婚約者様とはそれきり、雑渡様への面会が許可されるまでの半年それ以降も、会うことはなかった。半年経てば動揺はおさまるけど、食欲も睡眠欲も戻らず苦しいだけ
面会を許可された私は陣内さんに支えられるようにして昆奈門さんの部屋へ入る。会えた喜びと痛ましい姿に対する辛さでよろよろとすがりついた私に、雑渡様の手がのびて私の頭を優しく撫でてくれた
陣内さんを下がらせた雑渡様に、私は泣くばかり

「雑渡様っ!***はっ、雑渡様が亡くなられたら生きてはいけませんっ!」

よしよしとあやしてくれる雑渡様。今は甘えちゃいけないってわかっているのに、感じていた失うことへの恐怖にもう勝てそうにない

「鍛錬は、してた・・・?」
「勿論でございます!私は雑渡様の言い付けを守りました。」
「ご飯を・・・食べない、そうだね。」
「雑渡様が食べろと仰るのなら、腹に穴をあけてでも胃に詰め込みます。」
「ちゃんと・・・口から、食べ・・・なさい。それと・・・」

ひゅうと喉が鳴り、私は慌てて水に浸らせてある手拭いでそっと唇を湿らせた

「私の、お世話・・・は、させるつもり、ない、から。***は・・・鍛、錬に、励みなさい。」
「私もお世話をっ、」
「気持ちだけ・・・い、ただく、よ。」
「・・・***は、いらなくなりましたか?」

頭を撫でていた手が髪を梳き、後頭部を大きな手が鷲づかむ。グンと引き寄せられた私は何が起きるのかとキツく目を瞑ったが、起きたのはかたい皮膚が唇に触れた感触だけ

「?」
「つっ、」

痛みに呻くような声が雑渡様から聞こえ、焼かれて肌の感触が変わりすぎた唇から、まだ柔らかい舌が私の中に滑り込んでくる
吃驚して押し返そうと胸板に触れれば、また呻くような声が隙間から漏れて、思わず引っ込めた手はシーツを掴みどうしようとされるがまま

「んっ、ふぁ、」

苦しい。そう思ったらより深くなった口付けに、私は力が入らずに雑渡様に倒れ込んだ

「・・・歳らしからぬ、色気・・・だね。」
「はぁっ、は、?」
「・・・全快したら、抱こうかな。」

あの人とは別れたからと布団に脱力して目をつむる雑渡様は、ふられちゃったといいながら私から目をそらす

「雑渡様、」
「・・・あまり、雑渡様、は、よく・・・ないなぁ、」
「・・・昆奈門様、」

それがいいという雑渡様は私から顔をそむけ、もういちゃだめだと私を部屋から追い出した
廊下にいた陣内さんに頭を撫でられ、私はとりあえず雑渡様の望む通りに生きてみようと心に決める。雑渡様の心の一部にでも、存在できるように