001 事故
「雑渡様、お風呂終わりました!」
「また可愛い浴衣着てるね。」
「はい!婚約者様にいただきました。」

金魚のようにふんわり帯を結んだ浴衣はあどけない***の顔とマッチし、まるで童女のような錯覚を起こす。昆奈門は***を抱き上げ腕に乗せると、こんな子どもがほしいねぇと婚約者に笑みを向けた
婚約者はくすりと笑うと、***の結い上げた髪に触れる。まるで親子だ

「この子のように聡明ならば、雑渡様も育て甲斐があるのではないでしょうか。」
「早いうちに私より強くなるだろうね。***、明日は少し稽古をつけてあげる。」

お手柔らかにお願いしますとしょんぼりする***の頬を撫で、昆奈門はくすぐったがる姿に目を細める

「さぁ、今日は買い物に行くんだっけ?」
「はい!いただいているお小遣いが貯まりましたので、町へ行こうと思います。」
「ついでにおつかいもしてくれる?少し遠いけど。」

袂から小さな袋を取り出し***の小さな手のひらへ乗せた昆奈門は、これをお願いと板を見せた
いわゆる引換券である板は、鍛冶屋の印が半分だけ焼き移してある
***はことりと首を傾げながら、わかりましたと頷き行ってまいりますと元気よく手をあげた

「いつものは?」
「えっ!?え、あっ、」

しゃがんだ昆奈門に驚いたような***は、むむむと唇を結びその頬へ口づける。軽く触れただけの唇に笑った昆奈門は、行ってらっしゃいと***の頭を撫で恥ずかしそうにしながら頭をさげ走っていく後ろ姿をみつめた

「・・・もう、三年になりますのね。」
「そうだね。子の成長は早いものだ。」

三年で見違えるようだよと身のこなしをみて感じる昆奈門にくすくすと、婚約者は小さく笑いながら早くややを作りましょうねと愛らしく小首を傾げる
昆奈門はそうだねぇと立ち上がり、お仕事行ってくるねと背後に降りた男へ振り向いた

「早く済ませてしまおうか。夜にはあの子が戻る。」

長い髪をまとめて頭巾で隠した昆奈門の目は、鋭く自信に満ちて先を見ている。昆奈門の歩む道は順調で、障害などなにも阻んではいなかった

その夜までは

昆奈門がその目ではっきりとみたのは、自分に降りかかる火の塊だった



不慮の事故だ。上がった火の手は瞬く間に建物を覆い、部下が取り残された。周りの制止も届かず中へ入った私は、忍びとしてそこで命を落とした
火に囲まれ覆われなお迫られ、私は頭から血を流し気を失っている諸泉を担ぎ出口を求め地獄の業火かと見紛う建物の中を必死で進む

「こ、がしらっ、わたし、に、かまわず、」
「口を開く余裕があるなら、自分の足で、歩いて息子のもとへ帰ってやれ。」

私は忍びだ私は道具だ。だが私は父と同じく部下を助けている、命を投げ打って
なぜだ、わからない、私はこれで死ぬというのに、後悔は浮かばない


「雑渡様っ・・・!」


違う、後悔はある。私はあの子を一人おいていけない、私に心開いてくれた証か「昔」のことを話してくれたあの子は、私がいなくなれば誰にも心開かないまま独りになりそうだ
それではいけない。あの子には才能がある。その才能はここで、私の手により、開花させなければ

「ッ、ぁ・・・、・・・?」
「雑渡様!痛みはありますか!?痛みは、」
「いた、い、のは・・・なれて、」
「痛いところがまだ軽度なんです!痛みがないほうが危なくて、えっと、ああもう思い出せないどうしよう・・・!」

痛みがない場所、は、たくさんある。金創医と何か言い合いしている***は、珍しく声を荒げ泣いていた
***の口から出る言葉は訳わからないことばかりで、けれど、間違っているとは感じない。私は***の腕をつかみ、そこで息ができなくなり意識を失う
さらりとした髪が振り乱され、私を呼ぶ声は泣き声に転じた