空の記憶


ここで死ぬな。
空の中で死ねば、誰もがこの広大な青に悲しみを滲ませる。
見上げる度。見下ろされる度。振り払えない追憶を、逃げようのない彼方に上らせてしまう。

空で死ぬな。空の記憶に、相応しい生き様で、最後まで――


不可能であるからこそ、その人は譫言のように繰り返していた。
人は生きる限り大地の上で、空の下だ。痛みの記憶が空にあれば、何処で生きても逃れられない。ふと見上げた青天に。瞬く星と夜空に。感嘆の吐息でなく、悲嘆の溜め息を吐き出すようになる。

きっと分かっていた。その人は、自分達の倍以上空を飛んでいる。
戦闘機と共に舞い上がる度、死なない保障は地上に置いて行く。ただ、生きて帰る意志だけが手元に残った。
立ち上がれない程の疲労に這いつくばっていると、いつも指をブーツの先で小突かれた。

「おめでとさん。今日も仲間入りしなかったな」

空で散った数多の同朋。撃墜されれば、自分もその中の一人になっていた。
仲間のパイロット、軍の見知った人間。全ての脳裏へこびり付く空の記憶に、この名が刻まれていたのかもしれない。


恋する少年のように、当然の存在を愛している。
大地のように根も下ろせず、水面以上の胸に迫る静寂を湛えた、空が愛しい。
多くの人にとって、そのまま何も知らないまま美しくあって欲しい。消えた命の灯火で焦がしたくない。きっと貴方もそう思っているのでしょう。


「なあ、この老いぼれの手土産に、お前は入ってくれるなよ」


命令は守った。少なくとも、まだ空では死なずこうやって生きている。
それなのにどうして貴方はいない。

落ちて来そうだとよく例えられる、一面の晴天。
いっそ落ちて来てしまえ。雲と共に浮かぶ面影ごと、この身を押し潰してくれ。


(空の記憶がまた増える)





[ 5/20 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -