恋した青‐2
人が作り上げ、機械が管理する歪な翼。それは全て人のエゴから生み出された。
高く、速く飛ぶ。それは何故か。敵対する者より一歩でも前に出る為だ。人の手の届かぬ遥か上空から、地上を蹂躙する為だけに。
眼球だけ動かし、フェルディオを見詰める。例に漏れずこの少年も自分を恐れているようだ。こちらは一言も発していないのに、何故か謝りながら落ち着きなく視線を泳がせる。
「己を正義の味方などと錯覚さえしなければ、どのような矜持を持とうとも結構。襟章に刻まれた電子羽の意味を失念しないように」
今から六年前は、自分もあの襟章と共に空を駆けていた。
一刻も早く統括任務を任されたくて。皮肉にもその一心でまた戦闘機に搭乗した。
そう、思い返せばつくづく皮肉だった。一度、二度、三度。飛び込む程あの果てしない青に惹かれていったのだから。
何か一つでも歯車が行き違えば、まだパイロットでいられたかも知れない。現に、三十を過ぎた現役パイロットは五万と存在する。
幼い頃から義務付けられた指導者としての教育。後悔する資格など自分にはない。
呆けた顔で襟章を見詰めるフェルディオ・シスターナは一般隊員だ。彼が望むなら、自分よりずっと長く空を飛んでいられる。
今更嫉妬など抱かない。空での戦いがどれだけ過酷か、身を持って体験している。今更戻れる訳がない。自分の足はもう、地上でしか歩けない。
フェルディオは口元を動かしながら、か細く「はい」とだけ返答する。憧れた襟章の由来に納得出来なかったのだろうか。その表情は、困惑や怯えと言うより、ふてくされているように見えた。
軍服と襟章を持って戻るよう告げれば、意を決したように顔を上げた。
きつく握り締めた拳が、軍服に深い皺を刻む。
「ツァイス司令の背中の電子羽。それ、カッコいいっスよね! 俺憧れてます!」
当たり前だが背中にあんな物生えていない。フェルディオが言っているのは、コート背面に刻まれた隊章のことだろう。
分厚いそれが、まるで水を含んだかのように重く感じる。真っ直ぐこちらを見据えた新米隊員は、一度瞬く間に顔面蒼白となっていた。
今になって後悔したのか、脱兎の如く駆け出し、転び、また軍服をぶちまけ、転がるように司令室を飛び出して行った。姿が見えなくなってから、「スイマセンっしたあああ」と絶叫が届く。
「何してんだあのクソガキ」
今度はハッキリ悪態を口にする。
肩越しに振り返り、窓に映った自身の背中と、羽ばたく電子羽を眺めてみる。
こんな物の何処に憧れるのか。分かりやすい権力の象徴、フェルディオにとってはその程度の存在なのだろう。だから、あんな意地の悪い「由来」を話された後でも、格好良いなどと発言出来た。そう思わなければ疑問が解決しない。
電子羽を侮辱しておきながら、誰よりも翼を欲した。
空に舞い上がる資格をなくしたその日も、あるはずのない次の飛行時間を確認した。
戦闘機を降りた直後は青天に飛行機雲を探すことが多くなり、その後極端に減った。
地上を選んで六年が経つ。もう再びの景色は望めない。一欠片の希望も、縋り付く期待も持ち合わせていない。
ならいっそ。開き直り幾度も素直に願った。もがく場所さえなければ、気の迷いになど繋がらない。
意識すら空に溶け海に沈む。孤独で、死と隣り合わせで、それでも何故かまた飛び込みたくなる世界。
叶うならもう一度だけ。
叶わないと知っているからこそ。もう一度だけ。
「どっちがガキだか分からないな……」
呼吸すら染まる青の中に戻りたいと、切に願う。
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