恋した青‐1


 音が消えて、見慣れた青に世界が染まる。自分以外の全てが無機質で形成される。
 天と地の区別が付かない程単調な道標は、幾度追おうとこの身を震わせた。青の中、自身の操る戦闘機が白い飛行機雲を描いて行く。初めてその光景に触れた時、纏って来た軍服の重さを肌で感じた。

 青か地に白のラインが走るあれは、地上ですら空を背負わせているのか。
 飛べば飛ぶ程、地上に降りても重圧を感じるようになって行った。

 美しい静寂の中、何度死を覚悟したか知れない。体中を重力に締め上げられ、毛細血管の断末魔を聞きながら、叫び狂うことも許されない孤独な戦いを繰り返す。
 スクランブル発進を告げるけたたましいアラーム音。ミサイルに追われた時の絶望。眼前で落下して行く仲間の機体。何一つ、二度と味わいたくないと震えたはずなのに。

 地上を長く歩く程、またあの青が恋しくなる。









 独立航空遊撃部隊、通称IAFLYS。
 特別な資格を有する者だけが、その一員となることを許される、国防軍きっての特殊部隊。無数の訓練を乗り越えた彼等は、この薄っぺらい金属板と青い軍服を手にする。

「フェルディオ・シスターナ。本日付で、独立航空遊撃部隊第一分隊隊員に任命する」

 覚束ない手付きで敬礼する少年は、迷子のように辺りを見回した。
 普段決して立ち入ることのない上級司令官室。任命された物の、次は何をすればいいのか。焦りと疑問が目に見えて伝わって来る。
 十七歳、世間一般的にはまだまだ子供の域を出ない年齢だが、軍に足を踏み入れた以上情けなど期待出来ない。それくらい本人もとっくに理解しているのだろう。
 何せ彼の基礎訓練を担当したのは、

「軍服と襟章です。これを身に纏う以上、貴方は空で戦う義務を負い続ける。矜持を――」

 口にしてから、嫌悪感が湧いて来る。
 何の矜持だ。彼等に必要とされる物は、自分が飛んでいた頃から何も変わっていない。
 ただただ敵機を撃墜し、国防軍管轄の領土と人民を守る。その任務さえ完遂すれば、パイロットが内側に何を抱こうとも気にも留められないのだ。
 人間としての美徳を持って、物のように死ねと命じられて来た。そして今度は、自分が矛盾を突き付ける側に回っている。
 嘲笑を押し殺しながら、椅子の背に体重を乗せる。視線で促せば、フェルディオは恐る恐る軍服と襟章を手に取った。

 空その物の青と、浮かぶ雲と、描く飛行機雲を模した軍服。
 電子羽が四分割された世界儀の上で羽ばたく、銀色の襟章。
 子供――特に男であれば殆どの者が憧れる、戦闘機パイロットの証だ。

「うおお……本物だ、電子羽……」

 安い感動を吐露し、フェルディオが襟章を光に翳す。
 窓から差し込む朝日に、銀色のプレートが輝きを持って答えた。

「……何故、電子羽か知っていますか?」

 肩を大きく上下させたせいで、フェルディオの掌から襟章が零れ落ちた。
 聞くに耐えない金切り声が響く。慌てて拾おうとしゃがめば、腕から軍服が滑り落ち床に青を広げた。
 何してんだこのクソガキ。思うだけで、決して言葉は発しない。
 机の上で手を組み、ほんの僅か身を乗り出しただけで、謝罪と悲鳴が五回程繰り返された。
 本当にこの男が電子羽を掲げるのか。涙の滲む紫の瞳からは、とてもでないが軍人の貫禄など湛えていない。何処ぞの分隊長のように柄を悪くしろとは言わないが。まだまだ躾が足りていないようだ。

「電子羽。由来は?」
「ででで電子羽ですか!? えぇっと、英知と技術によって空を飛ぶ、人にだけ与えられた翼・って、そう習いました……!」

 存外正確な返答だった。曲がりなりにも知識は詰め込んでいるようだ。何故それが自信に繋がらないのか、不思議でならない。

「そうです。我々の翼は鳥のそれとは違う。生きる為の進化でなく、欲を満たす為だけに作られた、ただの鉄の塊」

 最後に発した言葉が、フェルディオの表情を曇らせる。
 電子羽は直線的に描かれていて、鳥が飛翔するような優美さなど欠片も感じさせない。パーツごとに見れば鋭く無骨で、まるで爪のようだ。


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