化け物二人にもう一人‐2


 店の外に出てから、マフラーを巻き直す。今年は冷え込みが早い。寒さに強いアルベルトは平然としているが、ジャンはイレインと同じように身震いしていた。

「言ってる間に雪が降りそうね。IAFLYSにも雪掻き当番はあるの?」
「当たり前だろうが、やらねぇとすぐ埋まっちまう」
「ヤな季節が来たねー……ねぇアルベルト、可愛い部下達を凍えさせる訳にはいかないのでーって雪掻き志願して来てよ。毎日。応援するから」
「テメェが俺の応援するのは厄介事押し付けた時だろ」
「何、今更じゃない?」
「自覚ありかこのクソ糸目……!」

 またいつも通りの小競り合いが始まった。ジャンも最初は飄々としているのに、アルベルトが罵ると最終的に乗っかってしまうのだから、精神レベルはどっちもどっちだろう。

「二人共、車道には出ないでよね」

 初めて彼等とまともに会話した時。
 自主学習室で来る日も来る日も同じ教本を開き、それでも一向に理解が進まず、ただただ唸るばかりだった毎日。今日はここまで進まなければ。自分で勝手に定めた目標が、更に首を絞めて来る。
 優等生と持て囃されていたのに、航空学校へ入学してからは壁にぶち当たってばかりで。体力より先に、精神が深く疲弊した。自分に才能がないのか努力が足りないのか。そんな物を見定めようとして、さらなる泥沼へとはまって行った。
 凄まじい形相だったのだろう。ふと、使っていた机の隣を二人が通りかかった時、ジャンの方が声を掛けて来た。

「大丈夫?」

 入学前から特異細胞保持者と発覚していた上に、成績も共にトップクラス。そんな人間が揃って行動しているのだ。同期で知らない者などいはしなかった。
 もちろんイレインも例外でなく。一癖ありそうな笑顔を浮かべるジャン・ル・リッシュも、その隣で不機嫌そうに口を噤むアルベルト・ララインサルも、一方的に認識していた。

「……何が?」
「や、顔色も表情も凄いから。体調悪い? 動けないんなら医務室連れて行こうか? アルベルトが」
「何で俺なんだよ」

 話し掛けておきながら二人で盛り上がるな。睡眠不足と、焦りと、苛立ちが、まだ幼いイレインから愛想を奪い去った。

「あなた達いつも一緒よね。男同士なのに、出来てんの?」

 まともな接触はそれが初めてだった。
 その頃からずっと。からかわれたり、突拍子もない質問をされた時の反応は変わっていない。ジャンは答えもせず腹を抱えて笑い、アルベルトは不機嫌そうに眉を顰め舌打ちする。今もずっと、同じ。

「んな訳ねぇだろ気っ色悪ぃ……!」
「気色悪いってムカつくんだけど。確かに僕達は何でもないよ」
「……そうなの? じゃあ、単に、友達いないだけ?」

 結局の所彼等は至極真っ当な関係で、少し拍子抜けした。だが、イレインは代わりに貴重な情報を得ることが出来た。
 一部から生意気だ化け物だと批判されている彼等は、実は面倒見がいい。嫌味を言う輩には容赦しなかったが、面と向かって対抗して来る者には、なかなか懐が深かった。凄まじい暴言を吐いたイレインのことも、どうやら面白い人間だと判断したらしい。
 ジャンは、暇があれば勉強を教えてくれるようになった。アルベルトは、落ち込んでいると不器用ながら励まして来た。元々、狭い囲いの中で共同生活を営む者同士だ。普通の友人となるのにそう時間はかからなかった。

「じゃああれか、前の写真もお前が撮ったやつか!!」
「あれはダンテさんが撮ったの。で、僕が転送した」
「テメェは一回……っ!」
「ちょっ、痛い痛い暴力とかダメでしょ!!」

 酒が入ったせいか、二人の諍いはいつもより騒々しい。もう雪掻きの話なんてとっくの昔に終わって、今は隠し撮りの犯人探しに熱中している。
 イレインはコートから携帯端末を取り出し、静かに構えた。通行人は他人の小競り合いを無視している。この辺りに飲食店が多いから、こんな光景見慣れた物なのだろう。

「あなた達もういくつよ……」

 同期に確認する間でもないのだが、つい口にしてしまった。
 出会ってから九年経つ。お互いもう子供ではないのだし、それぞれ軍人としての立場を確立しつつある。
 確かに強くなった自負はあった。それでも、この二人には一生届かない。男女の差もある。持って生まれた細胞の違いもある。だが、昔からイレインが痛切に感じ続ける隔たりは、また別の場所にあった。

「いったっ! いい加減毟るぞ鶏!!」
「やってみろ!」

 アルベルトの肘を避けた拍子に、ジャンの前髪が揺れ、隠れていた額が露わになる。
 存在を知っているからこそ、すぐ目に付いた。髪の生え際に走る歪で痛々しい傷痕。見られたくないのか、構わないけれど詮索されたくないだけなのか。どちらの理由にしろ、いや、そもそも的外れなのかもしれないが。
 ジャンが滅多に前髪を上げないのは、事実だ。

「アルベルトー、ジャンー……寂しいんだけど」

 昔、先輩から言われたことがある。「太鼓持ちは楽しいか」と。
 将来有望な二人と過ごすイレインの姿は、彼等にどう映っていたのだろう。太鼓持ち。そんな物が通じるならもっと楽だったろうに。

「置いてっちゃうよー」

 携帯端末を翳し、シャッターを連打する。
 結局九年経ったけれど全部なんて知らない。アルベルトがスラム街の出なのは知っているけれど、そこで何をしていたのかは知らない。周りが言うように、本当に人を殺したのかなんて、知りもしない。
 ジャンの額に残る傷が、誰に付けられた物なのかも知らない。彼が父親の話を決してしない理由も、ずっと、分からないまま。
 私が二人を知った時点で、既に並々ならぬ理由を抱えていたのだ。
 普通の自分とは違う。多くの者はその違いを線引きとして利用した。だから何だと、イレインは何度も呆れ果てて来た。

「……ヨニ隊長に送れば、ルーカスさん辺りまでは届くかな」

 二人は泣いていた。
 初めて実戦で仲間を失った後、ちゃんと泣いていた。イレインは横顔と後ろ姿しか見れなかったけれど、確かに涙を流していたのだ、周囲の人間が言う「化け物」達は。
 甘い物が好きだったり、照れ屋だったり、胃痛持ちだったり、恋愛経験がなかったり。それが化け物と言うなら、随分可愛らしい物だ。

「はい、笑ってー」

 タイミングを見計らい、最後にもう一枚写真を撮った。二人の顔もちゃんと見えている。上出来だ。

「やった!」

 密かなガッツポーズの後、素知らぬ顔をして駆け寄った。身分を明かしていないとは言え、アルベルトもジャンも軍人だ。人目のある公道で騒ぐ様を、上司が目にすれば、さてどうなるだろうか。直属の上司と交流はないが、そこに繋がる人脈は把握している。

「貴重な機会なのに、ほったらかしにして野郎二人で盛り上がるからよ」

 次にこの普通じゃない二人と酒を飲むのは、いつになるのだろうか。そう思うと置いてけぼりにされたのがほんの少し寂しくなって、つい、いじわるをしてしまった。
 次に並んで歩く時はきっと、思う存分罵られる。それすら楽しみに思えてしまう辺り、端から見れば私もおかしいのだろうか。

「アルベルト、ジャン。もう帰ろう」








 私の友人には化け物が二人います。

 普通ではなく、生まれながらに人と隔てられた存在らしいです。

 けれども化け物の友人は、結局の所、ただの友人なのです。




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