花の約束


一ヶ月前俯いて進んだこの道を、今は顔を上げて黙々と進んだ。もう目は腫れていない。延々続く軍人の葬列も、吹き荒ぶ強風も、何もかもあの日とは真逆。たった一人、穏やかな日和の中軍立墓地を歩く。
ふと視線を落とせば、抱えた花束の中、青紫の薔薇が一際存在を主張していた。
真っ青じゃない。そう文句を言いながら、分かりやすくはにかむ顔が鮮明に浮かぶ。勘弁して下さい――先に謝罪し、やっと目的の墓まで辿り着いた。

目の前で落ちて行った顔を知っている人。
空で燃え尽き、海に沈んで行く、同じ空色の軍服と電子羽を背負っていたパイロット。
返答がなかった。名前を呼ばなければ「他人行儀だ」と怒ったくせに、何度姓を呼んでも通信は沈黙したまま。普段あれだけ恐れているツァイス司令の命令も耳に入って来なかった。どれだけ絶叫したか分からない。全て終わった後、隣に寄り添っていたのは、相変わらずの青空だけ。

青が似合わないとふてくされながら、その愛情を余すことなく部下に伝えていった人。後一年もすれば引退するはずだった母親とそう変わらない年齢のパイロット。
自分のミスを庇われただとか、そんなんじゃない。無慈悲な言い方だが撃墜されたのは間違いなく本人の責任だった。それでも。視界の中で、白い飛行機雲じゃなく黒煙を上げながら、真っ逆様に墜落する戦闘機は。確実に自分の柔い心を抉って消えた。

この一ヶ月間。
慰められた。頬を張られた。叱咤された。同じように泣かれた。自分以上に落胆した背中を、それでも立ち上がる瞳を、何人分も見せ付けられた。

「これからも泣きますよ俺は」

花束を供え敬礼する。いつも叱られる指先にまでしっかり力を込め、真っ白な墓標を見据えた。
青紫の花が揺れる。風はもう誘う役目を果たしたのか、頬を擦る程度にしか吹いていない。

「また、叱って貰いたいんで」

墓前に辿り着いて一分も経たない内に、踵を返した。わざわざ車で送ってくれたアルベルトさんを待たせてはいけない、そんな思いもあったけれど。

(大丈夫、ここにいる)

証明しなくては。記憶になりたくないと言っていたあの人に、貴方の思い出は、俺にとっての礎ですと。
見上げたって俺は、悲しみに潰されたりしません。いつか胸を張って言い切る為に。

青紫の薔薇に、開いた距離と、それでも尽きない感謝を込めて。


(花の約束。花言葉は「距離」)





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