誰よりも清い魂‐2



並ぶ蝋燭へ灯り行く炎のように、時影の言葉はその場にぼんやりと浮かぶ。それ以上燃え広がりもせず、ただひたすら漂うだけ。
丸く小さな蝋燭の炎。傍目から見れば触れられそうに思えても、それは確かに熱を持っている。
その柔らかさに油断して手を伸ばせば、情け容赦なく身が焼かれる。

「自慢と惚気の後にいつも言っていた。何かあれば面倒を見てやって欲しいと」

この言葉に手を伸ばすか否か。
華星丸は目を細め、時影の背を睨んだ。

「で、まあ、いるかと思って探しに来たが――…… 無駄足だったらしい」

血と灰と土に塗れた時影の指から、埃一つ付いていない黒髪が滑り落ちる。
握る物を失った手で畳を数度撫でると、そのまますっくと立ち上がった。
短く切られた群青の髪が微かに揺れる。

華星丸は思わず目を見張った。
――探しに来た? 無駄足だった?

幾ら平生から交流があったとは言え、玖填を裏切った男の頼みを、この冷徹な独裁者が聞き届けようとしたのか。
俄には信じ難い。
隣り合って立った幾度の戦を思い起こせど、時影が裏切り者へ与える情けは皆無に等しかった。
毛程も表情を崩さずにいた、見せしめだと言わんばかりに残虐な仕打ちを行って来たと言うのに。

時影はゆったりとした所作で振り返った。
相変わらず、張り付いたような微笑を浮かべながら。


「……もし間に合ったなら、どうされましたか」


問うてみれば、口を窄め瞠目して見せる。
そうして、「ああ」「うーん」などと素っ頓狂な唸りを繰り返しながら、首を傾げ何やら思案し出した。

「……貴方、何も考えてなかったって言うんですかい」

奥方であれば尼僧となり寺に入る選択肢もあるだろう。だが嫡男となればそうも行かない。大抵は、その命を奪われる。
幾ら大国の長であろうと、敵国の後継ぎを容易に逃がせる程自由ではないのだ。

呆れた。吐き出そうとした心情が、力の抜けた声に塞がれる。


「その時は、まあ、もう一度これを拭う羽目になるだけだ」


しゃら、と細い音を立て、時影は腰に携えた愛刀を引き抜いた。
幾多もの武将を斬り捨てた刀も、今は懐紙で拭われ血痕の一筋も残っていない。

重鋼(かさねはがね)の鈍い艶を目にし、頭の中で時影の発した言葉を反芻し終えた時、やっと理解した。

ああ、この人は最初から殺すつもりだったのか。
その余りにも物騒な結論へ辿り着いた時、違和感が綺麗さっぱり消え去っていた。

時影はまた力ない笑みを見せると、数度振った刀を鞘へと差し込んだ。


「追うのは早い方が良い。あれが討たれたのは一刻程前だから、まだ充分間に合うだろう。親子三人続いて黄泉に旅立てれば上出来だ」


生かす気など毛頭なかった。

旧知の仲であろうが、か弱き女子供であろうが、玖填に背いた者は骨の髄まで後悔を刻み込み粉々に滅する。
それが玖填と言う国を拡大させ、独裁者として君臨し続ける時影の根底。
理解していたはずなのに、まさか情を抱いたのかと早とちりした自分が情けなく、華星丸は額を掌で押さえうなだれた。

「……約束は果たせたと言うことですか」
「ああ、ちゃんと面倒は見ようとした。これであれも気兼ねなく逝けるだろう」

この朱法時影と言う男は、始めからこうだった。
貪欲でも――ましてや無欲でもない。ただ当たり前のように玖填の敵を殲滅し、当たり前のように残虐な仕打ちを行って来た。

短絡的で、無慈悲で。
だがその魂は、情や心に汚されることなく、どの王よりも透き通っているのだろう。

ただただ玖填の為に。

悲壮な決意など微塵も感じさせない、純粋で清らかな使命感。
どうやってこの境地にまで辿り着いたのだろう。
この暴君は、歯を食いしばるでもなく、顔を歪めるでもなく、ただ淡々と国の為に生き続けている。


「直に首実検が始まりますから、お早く」
「分かった分かった。全く戦と言う物は何度やっても不毛だな」
「……貴方が言っても説得力ありませんよ」


清き魂は、必ずしも正しさに宿らない。
目の前で腑抜けのように笑う男がそれを証明していた。


「仕方ない、行くか」



彼の魂を汚せるのは、きっとただ一つ。





誰よりも清い魂


(血の穢れは及ばない)





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