紫煙、謀略の如く




「一名まだ行方知れずですかい?」

脇息に右肘をかけ、左手で煙管を弄ぶ男の姿は、恐ろしい程絵になっていた。
艶やかな黒髪と血のように赤い瞳。漆黒の着物、濃紅の羽織。
その全てが、男の醸し出す妖しくも何処か気品漂う空気を助長していた。

眼前に跪く数人の忍へ、細められた瞳が向く。
目尻は下がり、口角は緩やかに上がっていて、確かにその表情は『笑顔』と呼ぶに相応しいはずなのに、全く温かみが感じられない。
笑顔の奥底に潜む感情を読み取ったのか、忍達は頭(こうべ)を垂れ下げたまま指一本動かさずにいた。

「只今全力で捜索致しております。華星丸(かせいまる)様のお耳に、必ずや吉報を」

華星丸と呼ばれた男がゆっくり腰を上げる。
途端、部屋の空気が限界まで張り詰めた。
紫煙をくゆらせ、右手で襟巻を締め直しながら、一歩ずつ忍達へと近付いて行く。
忍達は相変わらず微動だにしないが、その額や頬には汗が滲んでいた。

ふと華星丸が人差し指を一人の忍に向かって突き出す。
その瞬間。
跪いたまま頑として動かなかった忍が、落雷にその身を襲われたかのような勢いで後ろへと飛び退いた。
他の忍に背をぶつけても、視線は華星丸の人差し指から外れない。

人差し指一本の何がそんなに恐ろしいのか。
忍の息は上がり、瞼は眼球が零れ落ちんばかりに見開かれていた。

華星丸はしばらく沈黙した後、腕を更に突き出す。そして未だ後退ろうとする忍の額を人差し指で弾いて見せた。
忍は思わず「え?」と間抜けな声を漏らし、仲間と華星丸の顔を交互に見やる。

「構いやしませんよ」

肩を微かに上下させながら、歯を見せて笑っている。
悪戯が成功した子供のような華星丸の笑顔に、忍達は肩を落とした。
またか、と。誰かが溜め息混じりに呟く。

「華星丸様、お戯れも笑える物にして下され……」
「おや、私(あたし)の冗談はそんなに怖いですかい?」
「いえ、それは……、……もう、結構です。それよりも、本当に宜しいのですか」
「構わない、と言ったはずですよ。そもそも私(あたし)が命じた物でもありませんしねぇ」
「……では、」
「捨て置きなさい。あんた等が死力を尽くして探す程価値のある物でもあるまいし、」

忍達は脱力し、姿勢を正す事すら忘れている。
そんな彼等を咎めるでもなく。華星丸は縁側まで歩み出ると、青く澄んだ空に向かい紫煙を吐き出した。


「主人が処刑されたと知れば、勝手に腹でも切るでしょう」



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