軒下の日常‐2



彼もまた、必要に迫られこの振る舞いを身に付けたのだろうか。
布団の傍らに座り込む姿を凝視すれば、何やら跋が悪そうに頭を掻き始めた。

「すいません言い過ぎました減給勘弁して下さい」

無礼がすぐ様給与の心配へ直結する辺り、大人びているのか子供らしいのか判断し難い。
とりあえず勘違いされたようなので否定の言葉だけ掛けておいた。途端、そのまましなびてしまうのではないかと思うくらい、長く深い息が吐き出される。

縁側から吹き込む風に転がされ、水玉が笑弥の足にぶつかった。
泡蛇は諦めたのか慣れたのか、別段怯える様子もなく好き勝手体を遊ばせている。

「そうだ…… 笑弥、お前昨日の夜から護衛しっ放しだろう。少し休んで来なさい」
「やだっあたし葵霞様の側にずっといたい!」
「何なら泡蛇も連れて行ってやってくれ」
「知ってますか葵霞様、俺無視されると泣くんですよ」
「泣いてないだろ」
「心が泣いてるんです!! つーか人に休めって言うんなら葵霞様も休んで下さい!」
「休んで、」
「ないでしょっ! 枕の下に隠す物は春画って決まってるんです、真面目な書状隠す場所じゃないの! さっ、出して下さい!」

……これには正直驚いた。
確かに枕の下には豹烈火から届いた書状が隠れている。
だが目を通したのは笑弥が所用で場を離れた僅かな時間。墨や硯は出していないから、香りで見抜いた訳でもないのだろう。
忍の観察眼にはやはり敵わないか、呟けば笑弥の口が見事に歪む。

「文字を読むのも駄目なのか?」
「駄目、……です。ちょっ、んな堂々としないで下さいよ!俺が間違ってるみたいになる!」

髪を滅茶苦茶に掻き乱し、天を仰いで咆哮する。雨乞いでも始めるのだろうか。
ただならぬ雰囲気に泡蛇は必死で水玉を転がし笑弥から離れた。
正直そこまで必死になるかとこちらも距離を取りたくなったが、心配してくれているのは間違いなさそうなので無碍にも出来ず。
枕の下から書状を引きずり出し、膝の上で広げてみた。

「書状と言っても、定期的な連絡と報告だ。目を通しただけで疲労するような内容じゃない」

説得するつもりだったのだが、笑弥は人の手からあっさり書状を奪い取り、そのまま懐へとしまい込んだ。

「じゃ、わざわざ病床で見る必要ないですね。貴世様にお渡ししますので」

誇らしげな微笑みを向けられれば反論する気さえ失せてしまう。
父親のように隠し事を見抜き母親のようにあれこれ世話を焼く性分は、初めて会った時からずっと変わらず、むしろ日に日に存在感を増しているようだ。

これが貴世の手に渡ればまた説教が待っているのだろう、どう言いくるめるか今の内に考えておかなければ。


「反省してないですね……」


眼前で桃色の髪が小刻みに震える。
怒り、呆れ、むしろその両方が入り混ざったか、滲み出した感情が体の震えを生んでいる。

「ああ、いや、済まない」
「……貴世様が「姉上に精の付く物用意する」とか抜かして野山駆けずり回ってるんです。毎度毎度泥だらけで帰って来る頭領に湯を用意する側の身にもなって下さい。葵霞様だって、早く治さないと得体の知れない何かしらの肉喰わされる羽目になりますよ」

笑弥の言葉に思わず吹き出した。
あの体力自慢の弟は、相変わらず無茶をするのが特技らしい。
そう言えば前倒れた時は何やら偉く長い動物の肉を持って来た。周りが必死に止め事なきを得たが、こっそり食事に混ぜられでもしたらどうなっていたのだろう。
笑弥もやっと口元を緩ませ、溜め息混じりに「分かったら養生なさって下さい」と念を押された。

「貴世に伝えて貰えないか、足より筆を走らせろ・と」
「言って聞いてくれるなら苦労しませんって! あの方大人しくさせるのは葵霞様じゃなきゃ駄目なんです」

大袈裟な身振り手振りを見せ嘆く姿に罪悪感が芽生える。
我が弟ながら、あれは本当に自由奔放だ。そこに恵まれた体格と強靱な足腰が備わればもう大抵の者は太刀打ち出来ない。
共に生まれ落ちて二十四年――貴世が孵化してから十九年。
隣り合って過ごして来た日々が、何よりの証拠だった。


「そうだな……なら、出来る限り早く叱りに行こう」
「おっ、言いましたね、聞きましたよ俺。そんじゃいっちょ頭が溶けるまで眠って頂きましょうか」


そうして話が一段落するかと思った時。遠くから、女中達の悲鳴にも似た制止の声が聞こえ始めた。
更に、弟――貴世の、「大丈夫だから!」と喚く声。続いて、廊下を荒々しく進む足音。

笑弥を見上げてみればその表情は清々しいまでに崩壊していて、もう笑うしかなくなった。




「貴世様――!! 部屋上がらないで泥拭いて今すぐ着替えてその得体の知れない獲物今すぐ捨てて来てぇ!!」
「何でだよこれ姉上に食わせようと思って」
「あんた葵霞様に止め指す気ですか!!」




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