軒下の日常‐1



空中に浮かんだ水玉が、ぷかりぷかりと辺りを漂い、そこかしこで跳ね返りながら最後は人の額にぶつかった。
水を手鞠程の大きさで固めた水玉は、見えない囲いに守られながらも弾力を保っている。

「こら。……じっとしていなさい」

長い萌黄色の髪が、水玉の曖昧な輪郭をなぞる。
掌で包み込み膝の上に下ろせば、水の中で体をくねらせる小さな泡蛇(あわへび)と目が合った。
黒々とした円らな瞳。自分の置かれた状況が理解出来ないのか、まるで人のするように首を傾げて見せる。
その様が愛らしく、思わず水玉に指を突き刺し泡蛇の鼻先へ触れれば、心地良い清涼感に一度身が震えた。

「葵霞様、あーんまり触り過ぎないでやって下さいよぉ」

虫の鳴き声と日の光が溢れる縁側から届くのは、まだ幼さの残る声。
首だけ捻り目をやれば、縁側に浅く腰掛け、おどけたように足をばたつかせた忍が笑っている。
僅かな振動でも軽やかに揺れる桃色の髪は、蝶が間違って寄って来そうなくらい淡く暖かな色合いだ。
暦の上では既に初夏だが、彼を見ていると春麗らかな日和が思い起こされる。
「お前の作った水玉だ、そうそう弾けたりはしないだろう?」
「あらやだ。そんな買い被られたら俺緊張しちゃう」

冷水で満ちた桶へ足を突っ込み、そこからまた新たな水玉を作り出す。
膝の上で泡蛇を包む水玉は薬湯が混ざっている為微かに緑がかっているが、今正に浮遊し始めたのは無色透明な球体だ。
雨に命を与えられた烏雨(うう)族は、こんな風にして水を自由に操る。見えない囲いに水を留め浮かばせたり、鳥のように早く飛ばしてみたり。
大方戦闘に使用される希有な能力だが、笑弥にかかれば立派な遊び道具となってしまう。

「お前が手伝ってくれて助かった。薬湯の水玉に浸けておけばこの子の傷もすぐ治る」
「葵霞様のお薬がいいからですよ〜 水玉はおまけです。お・ま・け。それにいたいけな幼女が助けた泡蛇ちゃんと来れば、手伝わない訳には行きませんって」
「くたびれた女が助けたなら手伝わなかったと?」
「ちょっ、んなこと言ってませんて!女の子が絡めば何でも手伝いますっ!」
「それもどうかと思うが……」

泡蛇が退屈そうにし始めたので、掌から解放し笑弥に向かって飛ばしてみる。
だが体を振るせいで真っ直ぐ飛べず柱にぶつかってしまい、水に守られ痛みを感じてはいないようだが、相変わらず状況が飲み込めていないようで忙しなく辺りを見渡していた。

笑弥はその光景を見て「下手くそー」と笑う。桶から足を上げ、手拭いで足全体を拭うと、水玉を拾い上げ再び飛ばした。

「まあ、飛び方なんぞ覚えられんでもいいさ。この調子なら明日には出られる」

水玉が頭上を横切り、仰いでみれば塞がりつつある腹の傷がよく見えた。


「じゃ、葵霞様も、明日には立てるようになって下さいね」


そう言われてやっと、自分の置かれた状況を思い出す。
そうだ。そう言えば、執務中に倒れて運ばれて、今は療養中の身だった。
連日の激務がたたったのだろうか。医師が何やら言っていたが、解決策が示されるはずもないので半分聞き流していた。

「あーもーその顔ー 絶対忘れてたでしょ自分が病人ってこと」

苦笑を返せば盛大な溜め息。
鉢巻と前髪に隠れている瞳は、きっと呆れの色で染まっているのだろう。

「あのですねぇ、俺だって雇われ忍の見ですけど、お金頂いてる以上は御主人様を守らなきゃなんです。だからこうやって護衛してるんですよ?」
「ああ、ありがとう。助かる」
「勿体ないお言葉ですがそうじゃなくってですね! 葵霞様が病床の身であることを自覚して貰わないとどーしよーもないの! 療養中でも子供の持ち込んだ泡蛇に薬の力使っちゃうし、俺が護衛してる状況で葵霞様に何かあったら疑われるでしょうが……!」

地団駄を踏み自身の不利益だけひたすら心配する。
言葉だけ聞けば身勝手な考えにも思えるが、これが彼の本心でないことくらい理解している。
調子が良く、現実主義者で、歯に衣着せぬ発言ばかり。それが彼の中で理想とする「忍」の姿なのだろう。
本心をひた隠しながら理想の言動に徹する姿は、十七の少年とは思えないくらい大人びていた。


[ 9/10 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -