私が守る‐1



木々を追い抜き、草に頬を打たれながら、現在の状況を整理した。

追っ手は三人。
忍装束に身を包み低い姿勢で走る姿は、何処からどう見ても一般人ではない。
そもそも一般人は苦無なんて常備してないし、仮に携帯していた所で、人の肩へ的確に投げ刺すのは到底不可能だ。

ろくに手当てしていない傷口は無様なまでに剥き出しで。
小枝に抉られる度、体の中側にじくじくとした痛みが湧き上がった。

流れ出る血が確実な目印となり、森の中をどう曲がってどう飛び上がってどう駆けても追っ手が振り切れない。
不幸中の幸いと言うべきか、息は未だ上がらず、肩も痛みが走るだけで充分動きはした。

恋人の語らいがそこかしこで起こりそうな、眩いばかりの星月夜。自分の背を追う馬鹿共さえいなければ今頃月見酒を楽しめていたのに。
何故こんな薄暗い森の中、北へ南へ東へ西へ走り回らなければならないんだ。

大木の窪みに足をかけ、逞しい枝へと一気に飛び上がる。入り組んだ枝の間を縫い苦無を投げつければ、真下から甲高い金属音と銀色の光が同時に生じた。
――見事に全て弾かれたらしい。
最早悔しさも生じず、再び枝から枝へと飛び移る。



如何なる大国にも属さず、中立の里として発展して来た南津之里。
代々蛇鹿族の長が頭領となり治めてきたこの里を欲しがる輩は五万といる。
今回の侵入者も、十中八九その輩共に雇われた忍だろう。
奴等が狙うは広大な里の土地か蛇鹿その物か。
どちらにしても、今現在の目標が自分ならそれでいい。
曲者達は無闇やたらに結界を探すより、目の前の人間から直接聞き出す手段を取った。
最初から急所でなく肩を狙って来たのは、じわじわとそれでいて確実に戦闘能力を削ぐ為だろう。
つかず離れず、己の姿を晒さず、それでいて対象を見失わず。
絶妙の距離を保ちながら追跡して来る時点で、推測は確信へと姿を変えていた。

こちらとしては好都合。

生かして捕らえようとする意志が相手側にあれば、例え僅かでも隙を狙える。

月明かりがたなびく薄雲に遮られる。
より深い漆黒が辺りを包んだと同時、笑弥は刀へと手を伸ばした。







急激に速度が落ち何とか進みながらも足を引きずっている。
追う対象がこんな動作を見せ、果ては膝まで折ったとなれば、これぞ好機と踏むのが当然だろう。
並び駆ける忍の一人が、笑弥との距離を一気に詰めた。

「――馬鹿者、速まるな!!」

四半時程森を支配していた静寂は怒号によって打ち破られる。
先んじた忍の体躯は屈む笑弥を追い越し、力なく二歩三歩と足を進めると、頭も庇わずその場へ崩れ落ちた。
途端、辺りに鉄臭さが立ち込める。
闇に溶け込む紫の装束も、桃色の髪も、血飛沫に汚された。
笑弥は血の香りを纏い立ち上がると、口元の頭巾を下ろし、残された二人の忍と向かい合った。

「引く気はあるか」

返答の代わりに、刀と苦無が構えられる。
笑弥は長い吐息を漏らしながら、足元に転がる遺骸を一瞥すると、再び頭巾で顔の下半分を覆い隠した。


「なら仕方ない、お仕事しましょーか……参ります、御覚悟を」


刀身が鞘へ吸い込まれると同時、笑弥はその身を宙へと踊らせた。
一度大きく突き出た枝に足を付き、勢いを殺さぬまま忍達の頭上へ飛び降りると、両腕を大きく振りかぶった。
風を切る音と共に、手袋に包まれた掌から無数の球体が放たれる。

「妖術か……!」
「触れるな! 避けろ!」

得体の知れぬ球体を目にし、一人は刀を頭上に構え、もう一人はすぐ様その場から飛び退いた。
その行動一つで、笑弥は標的を絞り込む。
忍達が避けた球体は、間の抜けた水音を立て地面に接触した。

水玉(みずたま)――水を操る烏雨(うう)族の血が宿る者であれば、例え赤子であろうと作り出すことの出来る遊び道具だ。
大小や形状の違いはあれど、どの水玉も水を凝縮させた球体で、独り手に浮かび上がり好き勝手空中を漂う。
今笑弥が忍達に投げて寄越した水玉も、ただ水が丸まっただけの陳腐な玩具。

攻撃の為に落としたのではない。先に始末するべき忍を見極める為の、ちょっとした仕掛け。

水玉に続き地面へ降り立った。
そして何の予備動作もなしに、水玉をいち早く回避した忍へと斬りかかる。
上段から小太刀を振り下ろせば、忍は先程と同じように後ろへ飛び退いた。

暗闇へ紛れんとする忍の姿を見据えると同時、右の脇腹に焼け付くような痛みが走る。
残された忍が隙の生まれた脇腹へ小太刀を振り下ろしていたのだが、笑弥は正面を向いたまま声も漏らさず、即座に腰帯から苦無を引き抜き薙ぎ払った。

くぐもった唸りが一度だけ。忍は腹を抉る苦無へと視線を落としたが、その瞠目した瞳はすぐ様鮮血に染まる。
笑弥が躊躇なく忍の顔面へ小太刀を振り下ろしたからだ。

溜まった雨水が器からゆっくり零れて行くように、荒く低い音を立てながら血が地面に打ち付ける。
忍は口を数回開閉させた物の、喉からは何の音も発せられず、そのまま仰向きに崩れ落ち息絶えた。

一息付き脇腹の痛みを噛み締めたい所だが、一瞬足りとも静止する訳にはいかない。
幸い肋骨が刀を止め内臓に傷は及んでいない。
大丈夫だ、まだ動ける。

骸の上で即座に身を屈めると、脇腹から溢れ出る血が軌道を描いた。
そしてその血は頭上を掠めた刃に斬り裂かれる。
唯一残った忍は手首を返し笑弥へと小太刀を振り下ろすが、左へ身を倒し地面を転がりながら何とか逃れた。
二回転した所で弾かれるように立ち上がると再び小太刀を構え直す。
息つく暇もなく、苦無が暗闇から現れた。

「――来い!」

水分が枯渇し引き攣る喉から、同じく引き攣った声を絞り出す。
すると地面を転がるだけだった水玉が生き物のように跳ね上がり、笑弥と苦無の間に立ちはだかった。
“着水”した苦無は速度を殺され水玉ごと落下した。


「やはり妖貸か……」


忍は笑弥から距離を取り、忌々しげに呟く。


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