薄暗闇の宿場町で‐2



 ユキトが十三の頃から働く「シュルト」は、この界隈でも有名な酒場兼宿屋だった。
 元傭兵が主人だからか、はたまた偶然の積み重ねか、とにかく豪快で気っ風の良い客が集まるのだ。
その荒々しさに度肝を抜かれる者も多いが、ユキトはこの浮ついて散らかった何とも言えない雰囲気が好きだった。
 誰に茶化されようが怒鳴られようが全く怯えない。苛められて悦ぶような性癖の持ち主と言う訳ではなく、至極簡単に表現してしまえば、要は、ただの慣れだ。
 今凄まじい大声を張り上げている客が、朝になれば何の後腐れもなく帰って行くとユキトはよく理解していた。
 両手に掴んだ酒瓶を指定の席へ運び終わると、そこらで熟睡している酔っ払いの片付けでもしようかと辺りを見渡す。ちょうどその時、カウンター横の扉がカランと音を立て開いた。

「あっ、いらっしゃい!」

 ほぼ条件反射的に扉まで駆け寄ると同時、ユキトは僅かながら目を見開いた。
 扉を開けた物の店に入らず、出迎えたユキトに無言で視線を向けて来たのは、黒いコートを纏った長身の男性。
 後頭部で一つに束ねられた灰色の長髪、淡い褐色の肌、そして鮮やかな青緑色の瞳が、見るからに異色の雰囲気を醸し出している。
 これだけ特徴的な容姿なのに、この街に住んで十年になるユキトも見覚えがない。恐らく初めてこの街を訪れたのだろう。
 何も言わずにいる男を見て、ユキトは「カウンターなら静かに飲めるわよ」と声を掛ける。
背後の大騒ぎに閉口していると思ったからだ。
しかし男は、ゆっくりと首を左右に振る。

「客ではありません。……この酒場に、ユキト・ペネループと言う店員はいませんか」

 まさか自分の名前が出ると思っていなかったユキトは再び目を丸くする。
 確かに自分の名前はユキト・ペネループで間違いないが、改めて考えてみても、やはりこの男に見覚えは全くない。まさか先日あまりに酷く騒ぐので回し蹴りを喰らわせ摘み出した茶髪の男の連れだろうか。それとも酔い潰れて動かないので店の前に転がした黒髪の男の……?
 どちらも馴染みの客ではなく、数日前この街を訪れた旅人だった。思い返せば切りがない。恨みを買う覚えは残念ながら山程あるのだ。

「えーっと、ユキト・ペネループは私だけど、……何、復讐?」
「……は?」

 男は眉を顰め、訝しげな表情でユキトを見下ろした。

「何を勘違いしているのか知りませんが、私はただ手紙を預かって来ただけです」

 そう言いながら一枚の封筒をユキトに差し出す。
何処にでもありそうな、薄茶色の封筒。
 だがそれに記されたサインを目にした瞬間、ユキトの瞳から困惑の色が消えた。

「あっ、――そう、そうなのっ! 分かった!」

 両手でしっかり封筒を握り、男の手が離れたのを確認すると、そのまま何の変哲もない紙切れを我が子のようにキツく抱き締めた。
 端から見れば封筒の中身が気になる所だが、男は特に興味がないのか何も言わないまま扉に手を掛けた。

「確かに届けましたよ。では、」
「待って!」

 背を向け、立ち去ろうとする男。ユキトがとっさにその長い髪を掴んだせいで、男はガクンと首を仰け反らせた。舌打ちが聞こえる。肩越しにユキトを睨み付ける瞳には、あからさまな不満の色が浮かんでいた。

「わざわざ届けてくれてありがとう! 伯父さんの知り合い?」
「……急いでるんですが」
「あぁゴメンゴメン! じゃ、すぐ戻るからちょっとだけ待ってて! 本当にちょっとだけだから!」

 男の返答を待たずユキトは走り出し、カウンターの奥にある厨房へと駆け込んだ。厨房ではマスターが忙しなく動き回っている。その後ろをすり抜け、机に置かれたバスケットへと手を伸ばした。

「おいユキトっ、飯はまだ早ぇぞ!」
「ちーがーうっ! あっ、マスター後でお金払うからさ、これ貰うわね!」

 右手にバスケット、左手にワインの入った瓶をひっ掴み、ユキトはすぐさま厨房を飛び出した。扉を見れば、男は未だそこに立っている。


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