薄暗闇の宿場町で‐1



 太陽が西の空へ半分程姿を落とした。
 しばしの別れを惜しむように強く輝く赤は、宿場町である「カトン」全体を染め上げて行く。日光と入れ替わり家々のランプが瞬き始めた薄暗闇、町の中心に真っ直ぐ横たわる大通りへと人々は集まる。
 宿場町が、一日の中で一番活気を帯びる時間。
 大通りを挟んで立ち並ぶ建物は殆どが宿を兼ねた飲み屋であり、仕事を終えた人々は次々とその扉をくぐって行く。
 そして町に夕闇が広がって数十分と経たない内、昼間露店や屋台が立ち並び賑わいを見せていた大通りは、また違った喧騒に包まれていた。特別薄っぺらい訳でも、ましてや穴が開いている訳でもないのに、怒号は簡単に酒場の壁から漏れ出してしまう。

「チンタラしてんな酒足んねぇぞさっさと持って来い!!」
「テメェっ、イカサマしてんじゃねぇよ! 賭け金返せ!」
「もう我慢出来ねぇ表出ろ!!」
「上等だコラァ!!」
「ちょっとアンタ今触ったでしょ!」
「お前みてぇなあばずれ誰が触るかよ!」
「マスターこいつ吐いてんだけどー」

 下品な言葉の応酬が際限なく続き、グラスは容赦なく壁に叩き付けられ、黒ビール・葡萄酒・朱珠(アカシュ)酒諸々が至る所に色とりどりの見苦しい痕跡を残している。
 しかしその賑やかな染み達も、暴れ回る男衆があっと言う間に踏み潰してしまう。
 そうやってひたすらに小競り合いを繰り返す客や、騒ぎを無責任に煽る客、我関せずとひたすら飲み続ける客。性別も年齢も目的も滅茶苦茶に入り混じった酒場は、戦場と揶揄するに相応しかった。
 そんな戦場のド真ん中に、小さな人影が一つ。
 艶のある短い黒髪と同色の大きな瞳、健康的な白さを帯びる肌、酒場で酔い潰れる男共と比べて一回りも二回りも細い手足。
 大凡周囲の惨状に似つかわしくない小柄な少女が、しかし惨状にすっかり慣れた様子で酒場を所狭しと駆け回っていた。

「ほらっ寝るんなら部屋で寝るっ! 床に転がらない!」
「ぐぇっ! ユキトっ、テメェ踏むんじゃねぇよ!」
「料理遅ぇぞサボってんじゃねぇか!?」
「ついさっき頼んだばっかでしょうが! 黙って酒飲んでなさい!」
「ユキトー偶には酌しろや」
「はいどうぞお一つ」
「ギャアア鼻に流し込む奴があるか!!」
「知らないの、都会じゃこの飲み方流行ってんのよ」
「嘘付け!!」

 柄の悪い男達に凄まれても何のその、「ユキト」と呼ばれた少女は転がる椅子や人を軽やかに避けながら、黄色いつなぎに染み一つ作らずカウンターまで辿り着いた。
 そして握り締めた紙をカウンターにバンッと勢い良く叩き付ける。

「マスター追加よろしく!」
「馬鹿野郎っ紙投げんな火が燃え移ったらどうすんだ!!」

 カウンターの奥から怒号が跳ね返って来てもお構いなし。
 ユキトはカウンターに置かれた酒瓶を乱暴にひっ掴むと、踵を返し再び戦場へと飛び込んで行った。


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