プロローグ



―虹色 混沌 色彩と曙の廃墟より来たる
 色無 空虚 透徹と夕景の砦より来たる―





 大木が鬱蒼と生い茂る森の丁度真ん中辺りから、黒煙が真っ直ぐ立ち昇っていた。
 ほんの数時間前まで笑い声が響いていた森の中の集落は、煤と煙に覆われ、風の駆け抜ける音と時折灰と化した家屋の崩れ落ちる音だけが虚しく響いている。

 誰もいない、軽やかな音楽も、和やかな笑い声も、鮮やかな色も、何もない。
 そんな全てを無くした光景の中にポツンと、座り込む少女が一人。年の頃は五歳程だろうか。小さな体は煤に汚れ、所々に切り傷や擦り傷、まだ新しいそれからは血が滲んでいた。
 だがそんな状態の中、転んだだけで大泣きしてもおかしくない程幼いはずなのに、少女は何の反応も示さずぼんやりと瓦礫を見詰めていた。
 あまりに動かないので、黒で塗れたその姿は瓦礫の中に埋もれてしまいそうだった。

 どれだけそうしていたのだろう。
 少女の耳に、ジャリ、ジャリ、と、土を踏み締める足音が届き始める。

「――帰ろう」

 足音がすぐ後ろで止まったと同時、発せられたのは掠れた男性の声。元々掠れを帯びた声色なのか、眼前の悲惨な光景に声が震えたのかは分からない。明らかに自分へ向けられた言葉。それでも少女は振り向かなかった。
 バサッ、と、衣擦れの音を立て、外套の裾が少女の頬を撫でる。それでもまだ振り向かない。沈黙が数秒続いた後、大きな手が座り込む少女の脇に通され、そのまま小さく薄汚れた体は抱き上げられる。
 少女を腕に収めたのは軍服を纏った男。抵抗しない少女を強く抱き締めると、踵を返し歩き始めた。
 外套が風に靡き、またバサバサと凝り固まった音を立てる。

「……国王陛下が、亡くなったんだよ」

 男の呟きに少女が反応する様子もなく、それでも言葉は続いた。

「陛下だけじゃない。王妃も、王子も、――みんな、殺された」

 “殺された”の言葉に少女の指がピクリと動き、男はそれを見逃さずあやすように頭を撫でた。

「大丈夫だ。大丈夫。お前は、何も、考えなくていい」

 一言一言を、ゆったりと、少女の脳髄の更に奥へと染み込ませるように、刻み込むように、男は吐き出した。



 少女の目尻から涙が零れる。
 無色透明のそれは、煤で塗れた頬を流れる内に黒く濁り、伝った跡だけに本来の白い肌を取り戻して行った。





 ティアズ・ウェラ歴1740年、開戦間近とされていたクジェス王国・センシハルト帝国 両国の皇族が何者かによって暗殺され、それと同時異形の生物が発生し人間を襲撃し始めた。

 これを受け両国は不可侵条約を締結、『異形生物』の討伐を開始する。


 皇族暗殺と同日、クジェス王国の集落が襲撃を受け壊滅するが、因果関係は定かになっていない。


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