今知る、その名は‐3


 イルクシュリはユキトに「辛かったら横になっていいヨ?」と声を掛けると、先程までサンザの座っていた椅子に腰掛けた。
 背凭れにゆったり背中を付け、両足を大袈裟にブラブラ振り、まるで我が家のようにくつろぎ始める。

「えーっと、あの、大丈夫です気分悪くないんで……」
「えーホントかナー? 無理したら怒っちゃうヨ、オレ」
「の割に今凄い朗らかな笑顔ですけど」
「あららユキトちゃん、男を外面だけで判断しちゃいけませんヨ? 裏にどーんな怖い顔が潜んでるか分からないからネー?」

 などと言いつつ笑顔のまま頬を膨らませる物だから、全く以て迫力がない。
 これはさすがに、場を和ませようとしておどけているのだと、初対面のユキトにも理解出来た。
気遣いへの感謝から思わず顔が綻んでしまい、ユキトは慌てて口を押さえた。これから真面目な話をしなければ、して貰わなければいけないのだ。不純な動機でなくとも笑っていられない。

「……イリ、さん」
「ハイハイ」
「説明してくれるんですよね。その、諸々を」
「うん、しましょうカ。でも今話して大丈夫? 頭ボーッとしたりしてなイ?」
「平気です。……目覚めましたから」

 ――生まれるべきじゃなかった――

 あんな強烈な否定されれば微睡みだって吹き飛んで当然だろう。普段呆れる前向きなユキトでも、とてもじゃないが友好的な発言に思えなかった。
 生まれて来るべきじゃなかった? 誰が? まさか、自分? 自分に向かって「生まれるべきじゃない」と言われた?
 仮にそれが事実だとしたら、何の権限があって知り合ってまだ二日の男にそんな暴言吐かれなきゃいけないんだ。だが本当に自分へ向けられた物か確証を持てない為、怒りを爆発させることも出来ず、ユキトの中で苛立ちがくすぶり始める。

「……ユキトちゃーん、何か熟練の殺し屋みたいな顔になってるヨ?」
「えっ」

 苦笑するイルクシュリを見て、急いで両頬に手を当ててみた。
 よほど力が入っていたのだろう。確かに筋肉は凝り固まっていて、涼しい部屋のはずなのに顔全体がじんわりと熱かった。

「いやっ、ゴメンちょっと殺意感じちゃってて!」

 馬鹿正直に強張りの原因を答えれば、今度はイルクシュリの口角がピクリと引きつる。

「……オレにじゃないよネ……?」
「ちっ、がう!」
「じゃあサンザ?」
「そう! ……うわっ!」

 誤解されたかと焦り過ぎてしまい、アッサリ誘導尋問に引っかかってしまった。固まるユキトを見て、イルクシュリは眉を八の字にして薄く笑う。

「何か言われたノ?」
「……言われたと言うか何と言うか……」
「あの子、思ったコトすぐ口に出すからサ。ごめんネ」
「……イリ、さん、が、謝る必要ないですよ。それに、私の勘違いかもしれない。後からちゃんと本人に確かめてっ、本気で言ったんなら股蹴り上げてやります!!」

 力強く拳を握り締め、高らかに宣言して見せる。大凡女性がするべき発言でないがユキトは堂々としていた。彼女からすればその程度の強行は日常茶飯事なのだから、仕方ないと言えば仕方ない。
 イルクシュリは俯くとそのまま肩を震わせ始めた。

「アッハハハ、もー、ユキトちゃん男前過ぎヨー」

 朗らかな笑い声に、ユキトは笑顔で返答しようとした。だが、笑顔は浮かんだ物の、言葉は喉の中でせき止められてしまった。
 冬、暖炉の温もりが開け放たれた窓から逃げ出し、冷えた空気が部屋へ満ちて行く様に。瞬く間に部屋の空気が一変した。
 イルクシュリの目は色眼鏡のせいで全く見えない。それなのに、顔をこちらに向けられただけで、敵意ある視線が向けられたように感じてしまう。
 別に眉を顰めた訳でも舌打ちをした訳でもないのだ。それなのに、ユキトは足を組むイルクシュリの仕草一つにも一々緊張してしまう。
 ついさっきまで和やかに会話していた分、この落差は辛い。これならサンザに面と向かって罵られた方が気丈に対応出来る。イルクシュリから発せられる得体の知れない威圧感に、ユキトは生唾を飲み込んだ。

「……その度胸を見込んで、ちゃんとお話しまス」

 そう囁く声は、あまりにも優しく、か細く、切なげで。――ああ、やっぱり怒鳴られた方がずっとずっとマシだ。
 ユキトは、戦いの消滅を望んだ時のように、痛む胸へと手を添えた。

「単刀直入に説明すれバ。この世界には「色霊」と言うとってもとーっても不思議な能力がありまス。そして君はその中でも更に特別な「色無」と言う能力に目覚めた可能性が高イ。だから、保護と隔離を目的として一般の診療所じゃなくここに連れて来られたって訳でス」
「……」
「まだ噛み砕かなくていいヨーとりあえず頭に押し込んでってネー それで、その」

 まだ何か続けようとするイルクシュリにユキトは思わず声を上げた。

「えっ、……ちょっちょっと待って、確認だけ!」
「ハイ?」
「そのっ、シキダマって力は、何!?」

 至極当然な疑問だった。
 「とっても不思議な能力」なんて漠然とした説明で「はいそうですか」と流せるはずがない。しかもその力が自分にも宿っていると言われれば尚更だ。
懇願の色を帯びたユキトの問い。イルクシュリは一度咳払いすると、わざとらしく小首を傾げて見せた。

「……多分細かく説明しながらだと頭一杯になっちゃうヨ」
「いいの! どうせ大まかでも分かんないんだから!」

 間髪入れず浴びせられた返答に、イルクシュリはこめかみをピクリと引きつらせた。
 説明せんとしている相手に「どうせ分からない」と発言するのは、かなり惨い仕打ちなのだが――現実を受け入れるのに精一杯なユキトの思考は、そこまでの思いやりをまだ取り戻せていなかった。

「そこまで断言されちゃうと悲しいんだけド……ま、本人の望みなら仕方ないネー」

 ユキトは身を乗り出し、イルクシュリが発する言葉を待った。

「色霊と言うのはですネ。色の力でス。この世に生きる全ての人には、必ず一色は何かしらの色が宿ってル」
「色が宿る?」
「殆どの人間はそんなの自覚しないで生きてるヨ。ただ稀に、その色の力を具体的に操れる人が生まれて来るノ」

 そう言うとイルクシュリは人差し指をユキトに向かって突き出した。鼻先に触れそうな距離で、それは拍子を取るかのようにフラフラ揺れる。

「不思議な力を操るって聞いて、誰か浮かびませんカー?」

 まるで試すかのような物言いに、ユキトはすぐ様反応した。

「――あっ! サンザ……の、こと!?」
「そーでス。あの子が使っていた、力の宿った液体を自由に操り戦う力、それが色霊」

 嬉しそうな声の後、人差し指が鼻を弾く。
 突然のことに思わず目を瞑るがそれ以上の接触はなく。目を開けた時、ユキトに触れた人差し指はイルクシュリの胸へと移動していた。

「オレの体、魂にも、人より強い色の力が宿ってル……サンザと同じネ」

 サンザと同じ。
 その呟きと共に、イルクシュリの表情が僅かに曇った。弓なりだった眉が顰められ笑顔も何処かぎこちない。
 ユキトは明るかった彼の変化に戸惑いながらも、話題を変えようととっさに開口した。

「じゃあ、私も同じ力があるってコトなの?」
「ん、いや、んー……同じっちゃ同じだけド……似て非なる物、ってトコかナ」 イルクシュリの背が椅子から離れる。そして右手を背もたれと腰の間に入れ、少し左右に動かすとすぐさま引き抜いた。



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