暴食の黒‐3
何なんだ、さっきから訳の分からない事ばかり。ユキトはもういい加減不可解の連続に耐えられなくなっていた。だから、何とか一つでも疑問を解決しようとした。
「誰かいるの!?」
発せられた大声。
途端サンザが踵を返しユキトに向かって走り始めた。明らかに、焦りの表情を浮かべながら。その肩越しに暗幕の下から転がり出る黒い物体が見えた。
ユキトには、それが何か理解出来なかった。
外套ごと荷台の下に落ちたその黒い物体は、歪な輪郭をしていて、表面に大きな三つの穴と小さな二つの穴があった。
遠くてよく分からない。目を細め、もう一度よく観察してみる。楕円形で、大きな穴の内二つは上部、もう一つは下部、小さな二つの穴は丁度その間辺りに位置していた。上部の穴の更に上からは、何か、黄色い糸のような物が複数生えている、――
見なければ、考えなければ良かったと言う思いが、吐き気と共にこみ上がって来た。
眼球と皮膚の色が失われただけでこうも判断が出来なくなるのか。
あれは、人の首だ。
断末魔の悲鳴を上げているかのような、悲痛な表情のまま、ミイラのように干からびた、人の首だ。
「下がれ!!」
サンザは呆然とするユキトを背中へ隠し立ちはだかると、庇うように両手を広げた。
「あれ、人、の――」
「見るな、喋るな!」
何だ、アレは。どうして馬車の荷台から人の首が転がり落ちて来る?
最早マトモな思考回路を保てなくなったユキトは、叫ぶ事も逃げ出す事も出来ずサンザの背後で立ち尽くした。
「今度こそ此処から一歩も動くな。死にますよ」
サンザの右手にはいつの間にかナイフが握られていた。
ユキトを押し倒した時突き付けたあのナイフだ。未だ赤い液体が滴り落ちている。
「本当に、馬鹿な人だ……大人しく忠告を聞いていれば、巻き込まれずに済んだ物を」
サンザの呟きが合い言葉にでもなったかのように、ナイフに纏まり付く赤い液体が、重力に逆らいグニャリと曲がった。
「!?」
ユキトは息を飲み、思わずサンザの背から数歩離れる。
サンザはナイフの柄を掴んでいるだけだし、液体が流される程の風も吹いていない。それなのに、液体はナイフから垂直に、まるで天に向かい伸びる植物の芽のよう真っ直ぐ立っていた。
何、それ。
ユキトが口にするのを待たず、液体は更に大きな動きを見せた。ナイフ全体を覆うまでに嵩が増し、切っ先を始点としてどんどん伸びて行く。
それはまるで意志を持った生物のように早く激しく。ユキトが心臓を落ち着けようと深呼吸している間に、液体は完全に姿を変えた。
現れたのは、巨大な鎌。
サンザと並んでも尚その巨大さを主張する真紅の鎌は、一度弧を描き回転しただけで、腹の底に響く低い風切り音を上げた。
「さあ……そんな骸でなく、本体を見せろ! 黒獣!!」
声に、言葉に、呼応する。
ずっと激しく鳴っていた心臓の音が、一際大きく聞こえた。
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