休日AM


*Twitter募集リクエスト「アルベルトがのんびりしてる、ほのぼのとしたSSS」


 爪の間に染み込んだ泥を、無心で掘り返す。そうすればまた別の指先が黒く染まり、化け物のような両手に沈黙するしかなかった。
 端末のパネルを汚さないよう、細心の注意を払い、ジャンに「爪切り」とだけメッセージを送信する。そのままソファに寝転がると、一気に脱力感が襲って来た。
 諸悪の根源・と切り捨てるには、幾分愛らし過ぎる塊が駆ける。
 嬉しそうに駆け寄って来たヒューイは、その巨駆と長い毛を存分にアルベルトへと押し付ける。グレートピレニーズだのゴールデンレトリバーだの、色々言われたが正確な犬種は誰にも分からない。とにかくデカくて白い。それでヒューイだと分かるのだから、こだわる必要はないだろう。
 重要なのは、この犬がリードを外し雨上がりの花壇へ突っ込んだ事実だけだ。泥はもちろん、草の汁・細かい砂利・見たこともない何かの滑りなど、全てをその長毛に絡ませ寮へと帰還して来た。
 その場に居合わせたのが運の尽き。出勤前の同僚達は、素晴らしい団結力でアルベルトとジャンに汚れの塊を押し付けて行った。

「呑っ気に走り回りやがって……誰のせいで休みの半分潰れたと思ってんだ?」

 つい一時間前まで泥に塗れていた白毛は、本来の色彩と艶を取り戻していた。当然だ。汗だくになりながら、蔦のように絡み付いた毛を洗ってやったのは、誰だと思っている。
 うつ伏せのまま顔をずらせば、琥珀が透ける濃茶の瞳に捉えられた。ソファからはみ出た左手、旋毛、足の裏。全てにヒューイの鼻先と尻尾が押し付けられる。

「分かった、分かったから……」

 首回りの毛に指を差し込む。爪を軽く立てながら撫でてやれば、石鹸の香りが漂った。次は口回りの皮膚を持ち上げてみる。やっぱり面白い程よく伸びた

 構って貰えると確信したのか、ヒューイはアルベルトの首元を鼻で押す。引き離そうとするが無駄な抵抗だった。無理矢理頭を突っ込まれ、堪らず仰向けになれば、凄まじい執着心でソファへと体を横たえる。
 結局アルベルトは、脚の殆どをソファの外へ放り出すこととなった。肘掛けが容赦なく膝裏へ食い込む。満足そうな鼻息を噴出するヒューイは、お返しと言わんばかりにアルベルトの髪を舐め始めた。

「……お前……人のこと何だと思って……」

 顎下を撫で、舌が離れた隙に距離を取る。後ろ足の付け根近くに後頭部を下ろせば、石鹸よりヒューイの香りが濃くなった。
 ーー天日干しした直後のシーツによく似ている。あれはこんなに毛深くないけれど。暖かくて、すんなり受け入れられる優しい薫りを湛えた、真っ白な海。

「ワフッ、ワウッ!」
「いい子だから、少しはゆっくりしろ……」

 顎。耳。眉間。目尻。順に優しく触れれば、上がっていた息が少しずつ落ち着いて来る。最後に米神を一舐めされたが、その後は、前足の間に顔を下ろし落ち着いたようだ。
 頭の下の腹が、ゆっくり上下する。丹念に梳いてやった毛は、上質な毛布のような手触りだ。そこにヒューイの体温が加われば、疲れ切った体は難なく微睡みへと落ちて行く。
 寮のリビングルームで眠りこければ、何と言われるだろう。珍しく分隊長の労をねぎらい、進んで飲み物を用意しに行ったジャンは、文句を言うに決まっている。下手すれば写真を撮られて、笑いのネタにされかねない。
 危険の種は自覚しているのに、眠気の雨が降り注ぎ、発芽することを頑なに拒否した。ヒューイが一度くうんと鳴く。朧気だが、今となってはそれが眠りに落ちる合図だったのだろう。

 目が覚めた時、相変わらずリビングルームには一人と一匹だけで。
 整えられた爪と、すっかり冷めてしまったカフェオレの存在に、犬のような唸り声を上げる羽目になった。


[ 2/7 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -