第一話「青の撃鉄 銀の翼‐4」


「……聴取はもう終わったのか」
「はひっ!?」
「あ?」
「はっ、はい! 終わりました、あの、ここで待ってるように言われて」

 五日前、フェルディオの所属する一般空軍戦闘機部隊が、所属不明の機体から攻撃を受けた。
 新入隊員であるフェルディオにとっては、初めての実戦だった。それがよりにもよって奇襲だなんて。
 命令を受けた上での出撃なら、活躍出来た――とまでは言わないが。不測の事態に、まだまだ柔い覚悟は大いに震えた。あの時ロックオンされて、アルベルトが敵を落としてくれていなかったら、今こうやって呑気にヨダレを垂らすこともなかっただろう。
 指の角度から眼球の位置まで、全ての神経が落ち着かない。直属の上官には散々絞られた。だが、命の恩人であるアルベルトには、まだ何も言えていない。

「あっ、あの先日は、援護頂きありがとう御座いました!」
「……完全に固まってたなお前」

 生唾を飲み込むと、入れ替わるように心臓から大量の血液が押し出される。
 何と罵倒されるか。面汚し、辞めろ、腰抜け、足手纏い。それくらいの暴言、今まで何度も浴びてきた。
 生憎そう言った痛みに悦びを感じる性癖はない。怖いし、泣きたくもなる。フェルディオは上瞼と下瞼の再会を気力で妨害しながら、正面のアルベルトを見据えた。
 銀の瞳は、刃物にも銃弾にも似ている。薄っぺらい心臓なんて一撃で仕留めてしまうのだろう。
 一言も返答出来ないまま、広い食堂を沈黙が支配する。

 確か、初めて会った時も、自分はこんな風に怯えていた。
 まだ航空学校の生徒だった頃、校舎の前でアルベルトに呼び止められ、驚きの余り逃げ出そうとした。威圧感のある相手からは、条件反射で離れようとする。幼い頃からの悪い癖だ。
 簡単に捕まり、それがIAFLYSの分隊長だと知り更に焦った。そうして冷静さを欠いた自分に、アルベルトは何をした?
 脳裏を過ぎった優しい光景と現状の落差。眩暈がする。あの時は軍人と学生だったが、今は違う。対等な階級でなくとも、軍人と軍人が向かい合っているのだ。

「申し訳ありませんでした!」

 沈黙に耐え切れず、限界まで頭を下げた。もうこうする他ない。上手く弁明する頭なんて、自分には備わっていないのだから。

「謝罪の気持ちは受け取っとく。気が済んだら頭上げろ」

 落ちて来た言葉に感情はなかった。出来るなら、捨て台詞でも残して立ち去って欲しかったのに。
 そうして、また自分に失望する。ここまで来て退路を求めるなんて、何処まで浅ましいんだ。
 せめて情けない声だけは上げないように。唇を噛み締めながら、真っ直ぐ腰を伸ばす。

「直属の上官でもねぇし、グダグダ口は出さねぇよ。でもな、これはお前の行動に何も思わなかったって意味じゃねぇ。気ぃ引き締めろ」

 一言「はい」と返せばいいのに、喉が上手く動いてくれない。
 やっぱり情けない。いつまでまごついて、形式的な返答ばかり繰り返すつもりだ。アルベルトは別部隊の一隊員に、わざわざ自分の言葉を用意してくれたんだろう。
 だったらこっちも、ちゃんと自分の言葉を返せ。

「死ぬのが、怖くなって……頭真っ白になりました。俺っ、スイマセンもっと頑張ります!」

 十点。
 呆れ顔で採点するジャックの姿が浮かんだ。
死ぬのが怖くなった? 次はもっと頑張ります? いらない心情を吐露して、一番伝えなければならない決意が「頑張ります」とは何だ。
 いよいよ本気で泣きたくなって、フェルディオは自分の太ももを思い切り殴った。
 アルベルトが肩を竦める。上がった口角にすら萎縮し、後ずさってしまう。

「……上等だ。怖ぇなら、死なねぇように努力しろ」

 もう一度拳を握り、悔しさと憧れと安堵の全てを噛み締める。カッコいいな・だとか、そう言う安っぽい感動も混ざっているのだが。
 搾り出した返答はくぐもっていてやっぱりみっともない。アルベルトは微かに首を傾げ、胸やズボンのポケットを漁り始めた。

「飴は大丈夫です」
「お、……そうか。つーかねぇわ。今日入れてくんの忘れた」

 やっぱり自分の記憶違いではなかったようだ。
 初めて会った時も、アルベルトは緊張しているフェルディオに「驚かせて悪かった」と飴玉を渡して来た。屈強な軍人が何故飴玉を常備しているのか、そもそも本当に飴玉で何とかなると思ったのか、疑問は残ったままだ。
 それでもやっと、ほんの少しだけフェルディオに笑顔が浮かぶ。アルベルトは表情を変えないが、それを恐ろしいと思う感情は確実に減っていた。

「一番大切なこと忘れてたな。お前に用があったんだよ、報告書のコピーあるか?」
「報告書ですか? ありますけど、俺のなんか見たって……」
「今はとにかく情報が欲しいんだよ。俺も敵機と交戦してるし、また空軍本部の報告会に出るから、貰えると助かるんだが」
「いいいいやそんなもうどうぞどうぞ! 役に立つか分かりませんけど!」

 自分でもすっかり忘れていた報告書を掴み、アルベルトに差し出す。
 聴取の際上官にも提出したが、余分にコピーしておいて良かった。フェルディオが自分一人でまとめた拙いデータだ。手助けになるとは到底思えなくても、断る理由は全くない。

「疲れてる所待たせて悪かったな。とりあえず聴取は終わりだ、一日ゆっくり休め」
「ほっ、本当ですか!? やったー!」
「明日から通常通り訓練して怒鳴られて蹴られてゲロ吐いて泣いて来い」
「いやあああああああああ」

 絶叫に笑顔を返す姿が何処か生き生きして見えた。
 やっぱり、甘いのは飴玉だけだ。




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