第七話「野良犬、宣戦布告‐7」


 周囲の動揺を体現したような、重苦しい夜。
 それでも街の全てが寝静まった訳ではない。夜を住み処とする明かりは、時間を惜しむように爛々と輝く。それでも、大通りを避け、路地を一本曲がればそこはすぐ暗闇だ。陰鬱で、人から隠したくなる悪い物は、大抵そう言った所に集まる。

「大して持ってねぇじゃん」
「小綺麗な格好してっから当たりだと思ったんだけどなー」
「お前の勘やっぱ頼りになんねぇわ」

 袋小路に迷い込んだ鼠が、いとも容易く捕らえられた。石畳についた膝を見下ろし、惨めな姿に込み上げる物が抑えられない。

「おっさん、とりあえずそっちも渡してくんない?」
「そっち……? さ、財布はもう、渡したじゃないですか」
「鞄と端末も置いてけよ。もういいから」

 冴えない中年など恐ろしくないのか、若い男達は面倒臭そうに吐き捨てる。「端末だけは、」震える声は一発の蹴りで簡単に立ち消えた。
 街灯も人通りも月明かりもない場所だ。誰も来ないし、気付いた所でもう遅いのだろう。それを分かってやっている。わざわざ時間を割いて、収穫の確証もないまま餌を撒いてみた。結果は、ご覧の通りと言うしかない。
 肩透かしにも程がある、完全なハズレだ。
 差し出された端末も、それを支える手も、小刻みに震えていた。無様な醜態を嘲笑う声だけが路地裏に響く。引きたくるように端末を奪い取ると、ナイフを持つのとは逆の手で操作し始めた。

「お、結構新しい機種じゃね? そこそこで売れそう」

 端末の画面が発光し、男達の顔が照らし出される。
 最後の最後まで、望みは捨てずにいようと思ったが。

「やっぱり返して下さい」

 決意したとほぼ同時、端末は自分の手元に戻って来た。
 肘を襲った痛みの原因が理解出来ないのだろう、音程の定まらない呻き声が聞こえる。若い男は狼狽し、それでも強気にナイフを突き出して来た。
 蹴られた時落ちた眼鏡をかけ直し、ゆっくり立ち上がる。その間に別な男が肩を掴みに来たが、腕を捻りそのまま壁に叩き付けた。

「申し訳ありません。いや、思っていた方々と違いまして。貴方方は何てことない、健全なチンピラさんでしたね。ハズレでした、いやはや本当に申し訳ない」

 口汚く罵る声を何処か遠くに感じながら、ベストに付いた砂を払い、早速向かって来たナイフの切っ先を避ける。脇で男の肘を挟み、困惑する瞳へ微笑を向けた後、腹に膝を突き立てた。
 ああ、何と言うありきたりなシチュエーションだろうか。漫画だとか、ドラマで見る勧善懲悪の定番だ。自分が善かと問われれば、自信はないのだけれども。
 崩れ落ちた男を踏み締め、残るチンピラ共を見据える。金で雇われた下っ端の可能性を考えたが、取り越し苦労だったようだ。

「早く地上で宣戦布告したいですねぇ、リュディガーさん」

 脳裏を過る眩い金色が、その緑の瞳で睨み付けてくれたなら。もっと楽に後始末を終えられただろう。
 逃げ出す背を確認し、力の限り地面を蹴る。暗闇の中では、蜥蜴の尻尾を追うのも一苦労だった。


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