- ナノ -
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何かが足りないような気がして、竜は辺りを見まわした。取り立てて変わったものはない。しかしそれは、目に入るものへの違和ではなかった。聞こえてくるはずのものの不在だったのだ。
蝉の声がない、と竜は呟いた。隣を歩いている人間が口の端でちょっと笑う。ここらでは普通さ。蝉だって世界中隈なく広がって生きてるわけじゃない。そうか、と言いつつも、気がつけば耳を澄ましている竜がいた。
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