- ナノ -



「きろく」
2016/06/26 21:24

気がつくと、「きろく」の記事も50本を越えていました。
数年前からずっと思い続けていたこと、
最近、新たに思うようになったこと、
懐かしい思い出に、その日のできごと、
いろいろなことを「きろく」してこれたんじゃないかなあ、と思います。

このサイトを開設してから、あと1か月ほどで1年になります。
開設時の「きろく」や、そのころのツイッターのつぶやきを見ていると、
たった1年のあいだなのに、変わっていったことがたくさんあったなあ、と思います。
状況や環境の変化もなんですが、いちばんびっくりするのは、
「じぶんの変化」かもしれません。
なにやら、1年前の自分が、とてつもなく遠く感じられる。
よいかわるいか、いまはまだよくわからない変化もあるし、
よいほうに変わった、と思えることもある。
この1年で、書くことをもっともっと身近に思えるようになった、というのがあって、
それはよい変化のうちのひとつだと思います。
けれど、そういうよい変化と、もしかしたらよいとは言えないかもしれない変化も全部ふくめて、
急速にいろんなものが変わりすぎて、とまどう気持ちもあるんです。
あるいは、こわい、と思っているのかもしれない。
どんどん、自分自身、知らないじぶんになってゆく。
逆かもしれない。どんどん、過去の自分が、知らないじぶんになってゆく。
そんなときに、何か書き残しているものがあると、
そのときそのときの自分が、たしかに、そこにいたこと、
変わってはいったかもしれないけれど、突然、何の前ぶれもなく、
ぱっと変わってしまったのではないということを確かめられます。
1歩ずつ歩いて、いまこの場所にいる。
その道すじを振り返りながら、もし、道をまちがえたと思うときがくるならば、
「きろく」をさかのぼりつつ、ゆっくり進む方向を変えていける。
この道をそのまま行ってみよう、と思えるのならば、
「きろく」をこころのお守りにしつつ、ずんずん歩いていける。
文章を書き、誰かに何かを表現すること。伝えること。
その「誰か」のなかには、きっと、「自分自身」もふくまれているのです。
未来の自分に、伝えられる。
そのとき、何があったのか。自分がどんな気持ちだったのか。どう感じ、考えていたのか、を。

……そして。
あらゆるものが変わってゆくなかで、それでも、変わらない何かがあるはずで。
それこそがおそらく、自分の「芯」と言えるもの。
どの時点の自分にも、共通していたものがある……
きっとそれも、「きろく」は伝えてくれる。
そう、思います。














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