★(I meet you.)



(※パラレルワールドに近いお話)

 付き合いの浅い友人に急かされて、次の授業へ向かうが果たして間に合うのだろうか。苦手という程でもないが、かといって運動が得意かと聞かれると首を傾げる程度の運動能力の僕にとっては、大した距離を走らされた。あいつ、卒業までに縁を切ってやる。
 考えてみればあの教授はいつも五分十分遅れてくるじゃないか。考えなかった僕も悪いが、先に頭の回らなかったあいつが悪い。見慣れた廊下を歩き、最後に階段を降りて右の教室。しかし、授業が始まる合図の鐘が鳴ったというのにそこから出てくる人がやけに多い。


「あ、レギュラスー! 授業休講だってー!」
「……そうですか」


 持っていた教材でそいつの頭を叩いて、ストレス発散。後ろで何か言っているがそれを無視して僕の足は図書館に向かっていた。提出期限が迫っている課題はないが、早く仕上げるに越したことはない。急にぽっかり空いた時間の有効活用だ。



 図書館は、静かだから好きだ。たまにうるさい奴が来るけれど、それも稀にだし。背表紙とにらめっこしてから、使えそうな本を数冊取ってフロアの隅のほう、誰もいない席に座ってレポート用紙を広げた。書きたいものはとっくにまとまっているから、あとは頭の中の事を紙に書き写すだけ。そんなに時間もかからないだろう。日差しの当たらない席を選んだけれどやはり今日は温かいからか、心地良い眠気が僕を襲う。だんだん書いている字も怪しくなって、どうせだから一眠りしようか。ペンを置いて本に栞を挟んでパタンと閉じる。ハードカバーだから、自分が思った以上に大きな音がした。





 印象的な夢を見ることがあった、子供の頃から何度も。
 僕は暗い水の底で、かすかに見える光に手を伸ばしている。小さい頃でも、ああこれは死ぬ夢なんだと理解した。昔は、この夢を見て泣いていた気がする。

 そして、どこからか僕の名前を呼ぶ声が聞こえるんだ。レギュラス、レギュラスって、何度も泣きそうな声で。だけどどこを見てもそれを言っているであろう声の主は見当たらない。声色からして、きっと女性だろう。


「     」


 その人の名前なんて知らないのに、何故か僕は名前を呼ぼうとして、その音は水に溶けて消えていく。ごぼごぼと空気だけが吐き出され、苦しくなって、いつもそこで目を覚ます。






「……また、あの夢だ」


 いつもと一つ違うのは、僕の目尻に涙が溜まっている事だ。なにしてるんだ、恥ずかしい。袖で目をゴシゴシと擦って、時計を確認するとなんと二時間も経っている。夢の内容は、そんなにも長いものだっただろうか。額にじっとりと汗が浮かび、心なしか気分が悪い。今日はもう、止めておこう。レポート用紙を丁寧に仕舞い、本を元ある場所に返して図書館を出る。
 家へ帰る前に、今日みたいな事が起こらないように掲示板を確認しようと思った。休講情報だけ確認して、さっさと帰って、シャワーでも浴びて気分をすっきりさせよう。そう思い廊下を歩いて、角を曲がると何かにぶつかった。その勢いであちらの荷物は床に落ちてしまい、ため息をつく。少なからずぼーっとしてた僕も悪い。やってしまった、というようにまぶたを落としながらしゃがんでその人のプリントを回収する。視界に写ったのは、細い女性らしい手だけ。


「大丈夫ですか?」
「あっ、良いよ全然! 気にしないで!」


 その声に、何となく聞き覚えがあった。勢い良く顔をあげると、目の前の人も同じタイミングで顔をあげたらしく額と額がぶつかる。思いっきり、痛い音がした。


「っつ……」
「ね、ねえ、顔よく見せて!」


 額を抑えながら、目の前の女性は必死に僕の顔をじろじろ見る。僕も不審に思いながら彼女の事を観察するが、出会ったことはない……はず。


「私と会ったことある?」
「こんなところでナンパですか?」
「そうじゃなくて! おっかしいな、記憶力には自信があるから一度会った人は忘れないはずなんだけど……」


 ――そうだ、彼女は、記憶力だけは抜群に良かった。

 頭の中でそんな事を言って、それから自分でも訳が分からないと眉間に皺を寄せる。彼女って、一体誰のことだ。
 プリントやファイルを全部拾って、女性に渡せばありがとうと笑顔で言われた。一目惚れ? まさか、そんな。だけど、なんとも言えない感情が靄になって、僕の顔は曇っていく一方。


「……僕は、レギュラス・ブラックです」
「あ、私はナマエ・ミョウジ! よ、よろしく?」


 その名前を聞いた瞬間、初めて聞くはずのそれに既視感を覚えた。僕はこの人を、知っている? 必要最低限の人間関係を築くのをモットーとしている僕にとって、人の名前や容姿を忘れるというのは珍しいことではない。だけど、僕はこの人をもっと前から知っている、というよりは、覚えている気がする。


「……あー! 分かった!」
「うるさいですよ」
「あなた、私の夢に出てくる人にそっくり!」


 一瞬にして、身体に電流でも流れたかのような衝撃が走った。そして、それと同時に僕もその場を逃げ出した。まさか、そんな事、そんな非科学的なことあるわけない。でも、やけに心臓がドキドキしてるのは、核心を突かれたから、だろう。


 夢のなかで呼んだ名前は、確かに彼女の名前と同じだった。


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