★(10.心地よい陽だまりを探す午後)

 少し強いくらいの日差しにも、もうさすがに慣れてきた。ホグワーツでの7年間、私が生活していたのは地下だったから本当に正反対の生活環境。だけどここに来ることを望んだのも私だし、逃げ出したいとも思わない。洗濯物を干し終えて、カゴを持って家に入るとコーヒーの匂いが漂っている。

「あら、コーヒーいれてくれたの?」
「甘いものも用意してね」

 テーブルの上にはクラッカーと、私がこの前わざわざ取り寄せたラズベリーのジャム。その傍らに座るビルは、特に何をするでもないのにかっこよく見えるから罪作りな人だと思う。本当、昔からこの人は私の視線を奪うのが得意みたい。私も彼の正面に座って、アイスコーヒーをひと口もらう。以前より上手にコーヒーがいれられるようになったのは、私が教えたから。

「あのさ、ナマエ」
「なあに?」

 クラッカーを1枚手に取り、ジャムを上にのせていると頬杖をついたビルが名前を呼ぶ。それを口に運びながら彼に視線を流すと、純粋な子供のような眼差しを向けられていた。

「君は、俺のどこが好きなの?」
「……なに? もしかして浮気でも疑われてる?」
「違うよ!」

 そういうことを言いたいわけじゃない、というのは彼の目を見ていれば分かること。からかうつもりで言えばやっぱりビルは慌てて、自分の言葉が足りなすぎることを自覚した。頭がいいのに、たまにこうやって気を抜いている一面が見られるのが私にとっての優越感。

「考えてみたら、1年生の時からずっと好きなんて情熱的な告白をされたは良いけど、理由は聞いてなかったなって」
「ビル、恋って気づいたら落ちてるものなのよ?」
「ほら、そうやってすぐはぐらかす」

 自分でいれたコーヒーを飲んで、彼はイスの背にもたれかかる。ビルはよく私の笑った顔が好きだと言ってくれるけど、私は彼にそういうことを言ったことがない。だって、恥ずかしいじゃない? それこそ学生時代なら言えたかもしれないけれど、今更彼にそんなこと言うなんて。砂糖もミルクも入れていないコーヒーを、またひと口。ビルに出会ったあの日のことを思い出すと自然に笑ってしまうのだ。


* * *


 駅のホームでビルと家族の会話を聞いたのは偶然だったけれど、彼のいるコンパートメントに入ったのは偶然じゃない。列車の端からしらみつぶしに探して行って、ようやくあの燃えるような赤毛を発見した。

「ごめん、ここ空いてる?」

 勇気を出してそう問えば、気前良さそうに彼はどうぞと席をすすめた。私の家とウィーズリー家を比べてしまえば、どう考えても私の家の方が上なのに緊張していた私は眠るふりをして、薄目でビルを見ていたんだ。……まあ、そのあと結局寝てしまったんだけどね。
 私が今までに見てきた同じくらいの年の少年の中では、彼が一番かっこよかった。駅のホームでも、ただその整った顔立ちを追っていたら会話を聞いてしまっただけ。簡単に言ってしまえば、私はビルにひとめぼれをしていた。列車の揺れで眠りから起こされた私が真っ先に聞いたのは彼のため息。憂鬱そうな表情ですら絵になるなんて、まったく。


「ねえ、もし寮が同じだったら仲良くしてね」


 あの言葉は、私の本心だった。ウィーズリーの家の子なら、きっと彼だってグリフィンドールだ。スリザリンには入らないだろうと高をくくっていた私は、彼と同じ所に入れたら、なんて淡い期待をふくらませた。まあ、そんな11歳の少女の夢は数時間後にはあっけなく砕かれてしまったのだけど。
 ひとめぼれしただけあって、私の視線は考えるより先に彼を追っていた。廊下で、大広間で、授業で。なによりあの赤毛は目立つからすぐに見つけられてしまう。グリフィンドールとスリザリンの確執は私を圧迫して、だんだんそれすらできなくなった。

 ビルは自分を臆病者だとか意気地なしだというけれど、そうではないことを私は知っている。まだお互い監督生でもなかったころに、スリザリンの生徒にいじめられているハッフルパフの生徒を助けているビルを見たことがあった。しかもそんなことは一度や二度じゃない。彼はそういう弱い者いじめを見るのが大嫌いで、放っておけない正義感の強い人。かっこよくて、正義感が強くて、それでいて勉強もできるなんて、悪いけど好きにならないほうが難しいんじゃない?


* * *


「そうねえ、しいてひとつ言うなら……」
「?」

 クラッカーの油を紙ナプキンで拭いて、ピン、と人差し指でビルの顔を指差す。

「顔、かしら?」

 一瞬あっけに取られてから、ビルは困ったように笑う。きっとまた私がはぐらかしたと思ってるんだろう。やっぱり私とあなたは似たもの同士、私もあなたの笑顔が大好きよ。

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