★共通言語は未だ持たず

「久しぶりだね」
「……なんでここにいるの」

 彼女は眉間にしわを寄せて、不信感を露にした。その表情と目が合っても、リーマス・ルーピンは浮かべた笑顔を崩さない。少し疲れたような笑顔が当然のように瞳に映っている。それが彼女にとってどれだけ異様なことか、知らないリーマス・ルーピンは彼女の表情を別の意味で捉えているだろう。自分がここにいることへの嫌悪感、彼にはそう伝わっていた。

「君は植物が好きなの?」
「……嫌いじゃない。それだけ」

 彼女にとって、スリザリンの生徒よりも嫌いなものなんてここには存在しない。自分に害を与えず、静かに過ごせる場所――そういう場所を探した結果がここだっただけ。けれどその理屈をリーマス・ルーピンに説明する気も彼女にはない。彼女の人生において、リーマス・ルーピンはただひたすらに赤の他人だったから。赤の他人に気持ちを吐露するほど、彼女は純粋には育たなかった。

「もう一度聞くけど、なんでここにいるの」
「僕だってひとりで考え事をしたいときだってあるさ」
「答えになってない。ここを選んだ理由を聞いてるのよ」
「うーん……。言われてみれば、なんでだろう」

 あっけらかんとしたその笑顔に、彼女は呆れてため息をついた。彼女が唯一持つ安寧の場所を脅かす不穏分子を排除しようと思っていた。強硬手段すら厭わないと思っていた。けれど彼女の予想を遥かに超えて、リーマス・ルーピンは大した理由もなくここに来ていたのだ。たとえ何か理由があったとしても、それを感じさせないくらい隠し通せているのであれば――。そこまで考えて、彼女は思考を放棄した。
 そもそも、彼女は静かに過ごしたくてこの場所に来たのだ。リーマス・ルーピンが彼女に害をなすつもりがないのであれば、わざわざ時間を割いてまで彼をここから排除する理由もない。今まで出会った生徒とは違うということは、彼女が一番理解していた。

「強いて言うなら……。ひとりになりたかったんじゃなくて、君に会いたかったのかも」
「やめたほうが良いって言ったじゃない」
「でも、ここに来るなとは言わなかったよね」

 大人しそうな見た目に反して、意外と揚げ足をとってくる度胸に彼女は驚いた。……いや、あの悪戯仕掛人のひとりであるのならば、ただただ大人しいだけの生徒であるはずない。そうは分かっていても、やはり自然な感情として湧き出してしまうのだ。
 そもそも彼女が出会ったリーマス・ルーピンという男子生徒は、噂の悪戯仕掛人とは程遠い。悪戯仕掛人といえば、スリザリンを目の敵にしているようなもの。それが彼女の認識だった。それなのに、彼は何事もなく彼女に話しかける。そこには、スリザリンとグリフィンドールの確執なんて何もないかのように。

「あ、ねえ。授業は何が得意?」
「は?」
「それか苦手な授業でもいいよ。好きな季節とか、好きな生き物とか」
「どうでもいいでしょ」
「どうでも良かったら聞いてないよ」

 よく回る口だと、彼女はまた不信感を露にした。そんなことを聞いて、いったいどうするつもりなのか。彼女がまだマグルの学校に通っていた頃はこんな会話を友達としていたかもしれない。しかしそんな普通の会話を、彼女はホグワーツに来てから一度たりともしていなかった。だからリーマス・ルーピンの質問が、何かを探っているようにしか捉えられなかったのだ。はたから見れば、親しくなろうとして質問をしているのなんて一目瞭然だったとしても。

「だって、君のこと何も知らないんだよ」
「知る必要がないじゃない」
「……あ、でも」

 ポケットを探るリーマス・ルーピンを、彼女は横目で観察する。どうして楽しそうな表情をしているのか、その理由が彼女に届くのはもうしばらく先のことだろう。

「チョコレートが好きっていうのは教えてくれたよね、はい」

 少し傷ついた右手の上にあるのは、彼女があの日リーマス・ルーピンに差し出したのとまったく同じチョコレートだった。

「僕もチョコレートは好きなんだ」

 彼女のポケットにも、同じものが入っている。持っているのだから、彼からもらう必要もない。――いつもの彼女なら、今までの彼女なら、そんなものもらわなかっただろう。一体なにが後々自分の首を絞めることになるか分からないから。だから必要なものしか選んでこなかったのだ。

 チョコレートを受け取った彼女の表情を、リーマス・ルーピンは一生忘れないだろう。

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