★双子の日'17

 私は楽しいことが大好きだ。

 友達と他愛のない話に花を咲かせることも、ほうきで空を飛ぶことも、ホグズミードに行くことも好き。だけど、誰かの驚く顔を見るのが一番好き。

 だから、私とウィーズリーの出会いはきっと運命だったのよ!



「はぁいハリー。ごきげんいかが?」
「やあ、絶好調だよ」
「ナマエも随分調子が良いみたいだけど、なにかあったのかしら」

 談話室でるんるんと本を読んでいると、どこからか帰ってきたハリーにロンにハーマイオニー。ページをめくる手が軽快だったのか、ハーマイオニーがくせ毛を揺らして私に尋ねた。

「ふふ、今日はウィーズリーの双子の紅茶に薬を仕込んだの」
「それ、やるなら僕にも声掛けてほしかったな」
「……ちなみに、なんの薬?」
「ウサギの言葉しかしゃべれない薬。知ってる? ウサギってブーブー鳴くのよ」

 いつもは私、フレッド、ジョージの3人でいたずらを仕掛けることが多い。だけどたまには手のひら返しがあったって面白いじゃない? そんな軽い気持ちで仕掛けたのだけど、まさかあのウィーズリーの双子が簡単に引っかかるとは思わなかった。直後に色々ブーイングを受けたけれど、何を言ってるかはさっぱりだった。「効き目は1時間だから怒んないでよ」と慰めにもならない言葉を掛けて逃げたのが3時間前。もうとっくに薬の効果は切れてるはず。

「やあナマエ!」
「今朝は素敵な薬をありがとう」
「どういたしまして。さらに人気者になったんじゃない?」

 ようやく談話室に帰ってきたふたりは、どうやら怒ってないらしい。いたずらを仕掛けられるのが新鮮だったのか、むしろ表情は明るいほうだ。それが、私への仕返しを考えているからではなけれないいのだけど。

「あの薬、もう少し効力を長くできないのか?」
「あと、ウサギなんてかわいいのももったいないな」
「あら、じゃあ何がお望みかしら」

 私のサイドに双子が座る。どうやらおとなしく本を読ませる気はないみたい。まあ、私も読み進める気はないけれど。ふたりからどういうことをしたいかを聞いて、じゃあどうしたら良いかを私が考える。勉強はできるほうである私がいたずら好きというのを知って、彼らが話しかけてきたのは2年生の頃だった。今じゃフィルチに目をつけられているけれど、楽しければそれで良し。世間ではこれを悪友というのだろう。

「んーっ、考えてたらお腹すいてきた」
「そういうと思って」
「ほら!」
「!」

 差し出されたそれは、黄金色にきらきら光っていた。薄切りのオレンジの皮と、マーマレードジャムが美しい。私の大好きなマーマレードタルトに違いなかった。視覚で確認すると、より一層お腹が空いてくる。たとえこれに何かが仕掛けられていても、だ。

「ナマエそれ、食べて大丈夫なの?」
「ふふ、怪しいけど、だから食べるんじゃない。大丈夫大丈夫、さすがに死にはしないでしょ」

 ハーマイオニーの心配をよそに、タルトを包んでいるビニールをとって、はしたないけれど素手でつかむ。

「いただきまーす」

 ぱくり。
 口の中に広がる甘さは、まさに絶品。どこでこんなにおいしいマーマレードタルトを仕入れてきたのだろうか。シナモンの上品な香りに鼻唄を歌ってると、なんだか頭と腰に違和感がある。ムズムズしたような、それでいて熱を持っているような。

「お?」
「そろそろか?」

 両隣の双子がニヤニヤし始めると、目の前のロンが目と口をまんまるに開いていた。まあ、目がこぼれてしまいそう。ハーマイオニーはため息をついて、ハリーは口をコイのようにぱくぱく動かしている。

「あら、私どうなってる?」
「ご機嫌いかがかな?」
「かわいい仔うさぎちゃん」
「?」

 頭に手を伸ばして、ようやく納得した。あるはずの無い、細長い耳。一応確認すると、人間の耳も健在していた。ということは、腰の違和感はしっぽ? 私が確認するより早く、隣のジョージがスカートの上部に手を伸ばす。

「あ、しっぽもちゃんとある」
「ちょっと! さすがに怒るわよ」

 いくら服で隠れていると言っても、年頃の女の子の腰回りを触るのはどうかと思う。勢い良く足を踏むと、「もう怒ってるじゃないか」と正論を返された。とは言え、悪いのは先に手を出したジョージだ。

「……ん? うさぎにしたのは、私がうさぎを選んだから?」
「そうそう」
「でも、普通にしゃべれるわね」
「俺らはナマエほどおつむが良くないからなあ。これで精一杯だよ」

 なるほどなるほど。じゃあ次は、耳もしっぽも生えて、尚且つブーブー鳴くしかできなくなる薬を作ればいいってこと? なんだかかわいらしい薬な気がするけど、使う相手によっては相当面白いことになるだろう。
 ついに私も悪い顔になったのか、ハーマイオニーが「減点だけは避けてね」と遠い目で私に言う。我ら悪友3人に忠告しても無駄だと、彼女はとっくの昔に悟っていた。

「にしても、ナマエのこの姿はありだな」
「うん、エルフと一緒にいそうだ」

 下衆を見る目をしているハーマイオニーを見ながら、最後のマーマレードタルトを口に放る。ほんのり甘酸っぱい味のする唇を舐めて、さきほどから感じているそわそわした感覚を探ってみた。そわそわというか、ぞわぞわというか。心臓を這うような、むず痒い感覚。黙り込んだ私を不思議に思ったのか、フレッドが私の肩をゆすった。

「ナマエ? 大丈ーー」
「えいっ」
「うおっ!?」

 どさり。
 フレッドをソファに押し倒す。立ち去ろうとしていた仲良し3人組も驚いていたし、当の本人であるフレッドも状況がよく飲み込めていないみたい。後ろから聞こえてくるジョージの声も無視して、私はフレッドにぐぐぐと近寄る。

「ふふ、いただきまーす」
「んんっ!!」
「んっ……」

 タルトを食べたときと同じ言葉を発して、フレッドの唇にかぶりついた。混乱して、動揺して、慌てているけど抵抗する気はないみたい。欲に忠実な男の子だからだろうか、なんて考えられるくらいには私はまだ余裕だった。

「ん、ふっ……」
「ナマエ! なにやってんだよ!」
「きゃあ」

 腰に腕を回されて、ぐい、とフレッドの上から引きずりおろされる。本来座っていた位置に戻り、後ろを向くと焦った顔をしたジョージがいた。耳が真っ赤なのが面白い。途中で引き剥がされた私は不機嫌になり、ソファに膝をついて今度はジョージと対面する。

「ねえ、知ってた?」
「なにが」
「うさぎって万年発情期なんだって」

 するりとジョージの首に手を回して、そばかす混じりのその顔を引き寄せる。さっき片割れにしたのと同じように口付けると、同じようなくぐもった声が聞こえてきた。角度を変えて何度もキスを送れば、私の肩を押して抵抗の色を表していたジョージの手が私の背中に回される。なぁんだ、ふたりして反応は一緒なのね。面白くなってきたのに、私のまぶたは重たくなるばかり。息継ぎのために唇を離して、背中に回る腕に少し力が入ったのは分かったけれど、その時すでに私は額をジョージの肩に預けていた。

「ナマエ?」
「どーした、相棒」
「……嘘だろ」
「ん?」
「寝てる……」


* * *


 なんとまあ驚いたことに、ナマエは昨日自分の身に起こったことをきれいさっぱり忘れていた。談話室で開口一番に「私昨日いつ寝たんだっけ?」と聞かれ、俺も相棒も絶句した。ロンたち3人は、何も見なかったことにしてるそうで。

「まあ正直」
「だいぶ良い思いはさせてもらったよなぁ」

 何も仕込んでいない普通のマーマレードタルトを食べながら、相棒とのぼやきは誰に届くでもない。まあ、男としての威厳は若干傷ついたけど。そんなちっぽけなもの、昨日の役得に比べれば大したことないね。

「あ、フレッド、ジョージ」
「「ナマエ!」」
「ねえねえ、昨日の薬なんだけど」
「あれはダメだ!」
「絶対になし!」
「ええー?」



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