★眠気覚ましに紅茶でも

「だいたいお前、ホグワーツに編入だって? なんだってこんな時期に」
「聞いてやるなよ。どうせ向こうの学校で騒ぎでも起こして追い出されたんだろう」

 怖くて返事もできないまま、スリザリンの男の子が勝手に話を肥大させていく。札付きの問題児だとか、傷害事件を起こしたとか。そんなことはない、ただの両親の都合だと。そんなこと言えるものならとっくに言っている。沈黙を肯定ととったのか、スリザリンの彼らは私を壁に追い詰めた。逃げ場がない。周りの空気が冷えていくのを感じていると、その場に新しい足音が聞こえた。

「わぶっ」
「な、あっ!」

 私を上から睨みつけていた彼らは、どうしたことか無残に地面に転がっていた。いや、転ばされたというのだろうか。地面と仲良くしている彼らから視線をはずし、今度はそれを上に戻すと赤毛の男の子がしたり顔で笑っている。

「おっと、悪い悪い。足が長いからつい引っ掛けちゃうんだよな〜。困ったもんだぜ」
「お前、ウィーズリーの分際で!」
「さて、逃げるぞお嬢さん!」
「え、あ、うん!」

 右手をぐいと引かれて、どこにつながるかも分からない道を走らされる。後ろから聞こえてくるふたつの声が、いかにも正義の味方にやられた悪役のようだった。なんて、楽しそうに笑うんだろう。


* * *


 あの日、お礼をしたいと言ったが頑なに拒まれてしまった。なにやら急ぎの用事があったらしく、たまたま通りかかったから助けただけだと、気にしなくていいとそればかり。急いでいると言われたら呼び止めるわけにもいかなくて、結局私は名前すら聞けずに彼を手放すしかなかったのだ。
 そのことが気がかりで眠れなかったのが昨日のこと。そして、今、目の前に確かにあの赤毛の男の子がいる。間違いない。あの人だ。周りに友人らしき人がいるけれど、お構いなしに駆け寄ってローブをつかむ。弱い力とはいえ急に後ろに引かれたことに驚いたのか、赤毛の男の子は少し目を見開いて私を見た。

「あの、私、ナマエ・ミョウジっていうの。昨日は助けてくれてありがとう。すごく助かった!」
「…………あー、君、もしかして」
「どうしてもお礼がしたくて、今、時間ある?」
「んー。……ああ、もちろんあるとも!」

 彼は、一瞬間を開けて私に返事をした。その返事にほっとすると、彼は人差し指をぴんと立てて私の顔の前に出す。

「ナマエ、魔法薬学は得意か?」
「? え、ええ」
「明日までの課題があるんだ。俺としては出さなくてもいいかと思ってるんだが、グリフィンドールの点を下げることはやめろってグレンジャーがうるさいんだ。手伝ってくれないか?」
「そんなこと? 私は構わないけど……」
「じゃあ、決まりだ!」

 そうして彼は、私の左手をとって走りだす。別に走らなくたっていいじゃない。そう思うけれど、昨日と同じような状況になぜか私は笑っていた。


* * *


「へえ、ここでトカゲのしっぽを入れるのか?」
「トカゲのしっぽじゃなくて、ヤモリのしっぽよ」
「大差ないだろ」
「効能が変わっちゃうでしょ」

 課題を聞いて、「なんだそんなの」と言うと目の前の彼――ジョージ・ウィーズリーは目を見開いた。なんでもとてもむずかしい課題らしく、だからこそ放り出そうとしてたのだとか。真面目だけが取り柄の私からは考えられない発想だ。

「なあ、ナマエはクィディッチは好きか?」
「大好きよ! 前の学校では、友達がシーカーだったの」
「へえ。ちなみに、俺はグリフィンドールでビーターをしてるんだ」
「すごい、今度応援しに行くね」

 とっさにそう答えると、ジョージはけらけらと笑う。ハッフルパフの応援はいいのか? なんて意地悪そうに言う。確かに自分の所属する寮を応援するのは最もだけれど、なぜか、私は反射のようにあの答えを返していた。

「セドリックに怒られちまうな」
「彼は優しいからそんなことしないわ」
「なんだ、もう知り合いか?」
「そりゃあ、彼は有名人だもの」
「……有名人、ねえ」

 魔法薬の教科書をバタンと閉じて、ジョージは私を覗きこむ。昨日感じたあの身長差が、座っている今は存在しない。何を企んでいるか分からないのに、それについての嫌悪感はない。

「あなた、私がこんな時期に編入してきた理由は聞かないのね」

 気になる気持ちは否定しない。けれどもううんざりした質問をしてこないことを不思議に思った。あえて私から質問してみると、ジョージはまたけらけらと笑う。

「興味がないんだ、聞くわけないだろ。俺が興味あるのはナマエ自身だし」
「……ふふ、ジョージって本当に、」

 面白い。そう言おうとしたところで後ろから声が飛んでくる。

「おーい、ジョージ! 黙って俺を置いていくなんてつれないぞ」
「お、悪いな兄弟。面白そうなことがあったからつい」
「なら尚更だな」
「……え」

 やってきたのは、ジョージと同じ顔をした男の子。私の目の前でやりとりを続けるジョージとジョージ(と同じ顔をした人)を交互に見ていると、ジョージと同じ顔をした人がこちらを向く。

「なんだ、誰かと思えば昨日の!」
「へ?」
「あの後、また絡まれたりした?」
「あ、あの」
「……なんだ。昨日あんなに格好良く決めて助けてやったのにもう忘れたのか?」

 だって、私は「昨日助けてくれた人にお礼をする」ためにジョージに魔法薬学を教えていた。それなのに、目の前の人が昨日私を助けたと言っている。なら、ジョージは? ジョージを見ると、バツが悪そうな顔をして両手を挙げている。降参するポーズだ。

「悪い。俺は君と今日が初対面だ。多分だけど、昨日ナマエを助けたっていうのはそこにいるフレッドだ」
「多分じゃない、俺だ。俺はフレッド・ウィーズリー。よろしくな、えーと……」
「……ナマエ・ミョウジ」
「よろしく、ナマエ!」

 ……ふ、双子?
 ようやく頭が、目の前の現実を受け入れ始めた。昨日会ったのがフレッドで、今日声を掛けたのがジョージ? なら、私は一体なんのために彼に魔法薬学を教えたんだろう。

「だ、騙したのね!?」

 怒ってはいない。恥ずかしいのだ。違う人に声を掛けて、違う人に恩返しをしていたなんて、ばかみたいじゃないか。恥ずかしすぎて耳が熱い。真っ赤になった私を見て、ジョージはあたふたと弁解する。

「違うって! 騙すつもりはなかったんだよ」
「じゃあ何よ!」
「まあ……一目惚れみたいなもんかな? 言っただろ、ナマエ自身に興味があるって」

 バチンとウィンクをきめたジョージに絶句した。ひとめぼれ? きっと正気を失っているのだろう。トカゲのしっぽでも食べさせれば治るだろうか。

「おいおいジョージ。勝手に手を出して勝手に口説くな。俺が先に目をつけたっていうのに」

 右手を掴まれ、フレッドが私を引き寄せる。そろそろ頭が追いつかない。慣れない環境で、同じ顔に挟まれて、理解できない会話をされれば無理もないはず、私に非はない。血液が沸騰しそうな状態は落ち着いてきたけれど、冷静になればなるほど現状がおかしいものだと分かってくる。そうだ、これはきっとどっきりなんだ。それか悪い夢に違いない。同じ人が2人に見える夢なのだ。

「……と、とりあえず」
「「???」」
「夢から覚めたら、昨日助けてくれた人にお礼をする」

 そう言って、どうしようもない現状から脱却する。

 もちろん、これは夢でもなんでもない。ハッフルパフの談話室で、私が”ホグワーツで知らぬものはいないほどの有名人”であるウィーズリーの話を聞いたのは、言うまでもないだろう。



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双子の日に間に合わなかったやつです。
いつぞやのアンケートにあったコメントを参考にしました。匿名さんありがとうございます。

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