★研磨と相合い傘

 終礼のあと、空はまだ晴れていたはず。私の記憶には雲からのぞく少しの青空が残っているのに、現在見上げる空は灰色一色。古き良き日本人はこんな雨音でさえ風流を感じていたけれど、今の私にはあざ笑うようにしか聞こえない。

 ああ、神様。放課後図書室で数学の予習をし純文学を読んでいた私になんて仕打ちでしょう。

 ため息をついてもどうにもならない現状は変わらない。スマホに指をすべらせて天気予報を確認しても、むしろ雨足は強くなる一方。天気予報のアプリを入れていても、朝にちゃんと確認しなきゃ意味がないじゃないか。
 こりゃあもう、一番近くのコンビニで傘を買うしかない。本当は走って一秒でも早く向かいたいけど、転んでも嫌だし(痛いし恥ずかしい)歩いて行こう。

「……みょうじ?」
「は、はい!」

 後ろから急に声を掛けられ、意識が完全に遠くに言っていた私は声が裏返る。驚いて後ろを振り返ると、声を掛けた張本人も驚いている。

「こ、孤爪くん」
「ごめん、驚かせるつもりは……」
「あ、ううん。私がぼーっとしてただけだから」

 孤爪研磨くんは、同じクラスで、となりの席。ペアワークをこなしたりするおかげである程度話す仲ではあるが、まさか放課後に話しかけられるなんて。私が彼の言葉を待っていると、自分が話しかけたことを思い出したのか孤爪くんは視線をさまよわせる。

「違ったら、違うでいいんだけど」
「うん」
「傘、ないの?」
「……えっ」
「なんか困ってたみたいだし、今、傘持ってないし」

 言われたことは正しいけれど、私は返事ができなかった。……なんて言えばいいのか、全然頭に浮かばなかったから。「傘がある」と嘘をついてもここから立ち去れないし、正直に「ない」と答えてもだからなんだという話である。「ない」って言ったら、孤爪くんはどうするの?

「…………よかったら、入る?」

 ビニール傘を開いて、孤爪くんが私を見た。良かったらって、孤爪くんは気にしないんだろうか。それ、世間では相合傘って言うんですよ。近寄らなきゃ濡れちゃうし、近寄っても多少は濡れるし、誰かに見られたらからかわれるよ。そう思っているのに、あまり他人と関わろうとしない孤爪くんからの申し出を断るのももったいないと思う自分が優勢なわけで。

「じゃあ、お言葉に甘えて……」
「うん、どうぞ」

 カバンが濡れないように体の正面で抱きしめて、孤爪くんの隣に立った。ただのクラスメイトのはずなのに、こうして歩幅をあわせて歩くだけでどきどきする。駅までの道のりはそんなに遠くないけれど、その間に心臓が破裂するんじゃないか。

「…………」
「…………」

 お互い、一言もしゃべらない。居心地が悪いわけではないけれど、せっかくだから、なにか話しかけてみようか。

「今日、バレー部終わるの早いんだね」
「雨が強くなってきたから……。そういうみょうじは?」
「私? 私は、」

 部活でもなんでもない理由で私が放課後学校に残っていた理由を言えば、孤爪くんは小さな声で相づちを打ったり、返事を返しながら聞いてくれる。

「実はこの前の大雨の日なんて、傘盗まれちゃって」
「……災難だね」
「うん、本当に」

 あまり感情の込められていない声なのに、なぜか心が暖かくなる。災難続きだけど、数学のわからないところが解決したし、読みたかった本も借りたし、こうして孤爪くんと少し仲良くなれたし、案外神様はそれを狙っていたのかも、なーんてね。



(せっかくだから声かけろなんて。本当、クロのおせっかい……)

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実は研磨のほうがちょっと好意を寄せてる

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