★ライブのあとの話

「……ええぇ」

 紙面を通した泉のかっこよさは分かっているつもりだ。なにせ私の部屋には彼が掲載された雑誌がずらりとそろっているんだから。けれど今私の目に映っている、ステージの上で歌い踊り笑顔を振りまくあれはいったい誰だ。挑発的な視線は見覚えがあるけれど、あんな甘い笑顔は見たことない。そもそも泉の歌声なんて小学校以来だし(中学は全部クラスが違った)。とにもかくにも、あれは、私の知らない泉だった。


* * *


「泉ってステージだとあんなふうに笑うんだね」
「はぁ? なに、ライブなんか見に来たの?」
「友達がなんか、すおうくん? が見たいっていうから」
「あ〜、あの新入りねぇ」

 駅前のお店で買ってきたマフィンを、泉は当然のように無視。この前私が忘れていった女性ファッション誌をぱらぱらめくる泉に声をかけてみると、ようやく視線がぶつかった。珍しいものを見るように、私を見る。

「アイドルが『ライブなんか』って発言はどうなの」
「なまえがライブ見に来ようとしたことなんてなかったでしょ」
「まあ、ないがしろにされた幼馴染を見に行こうとは思わないよね」

 サイリウムを振る女の子たちにウィンクする泉は、どこからどう見てもアイドルだった。泉、ウインクなんてできたんだ。
 私と泉が幼馴染だとは知らないその友達は、丁寧に泉の所属するユニットーーKnightsについて説明してくれた。本当は5人だとか、今はリーダーがいないとか、他のメンバーの話とか。

「でもやっぱり泉がいちばんかっこいいなぁ」
「………………」
「泉? もがっ!」

 無言になった泉を見ようとしたら、クッションを顔に押し付けられる。危ない、マフィン食べてたら汚してたよ。暴力反対。

「急になに!」
「俺の心配は杞憂だったみたいで良かったけどさぁ」
「??? あっ」

 泉の耳が少しだけ赤くて、なんでクッションの攻撃を受けたか分かってしまった。へぇ〜〜〜、私みたいな一般人に褒められて嬉しいんだあ。

「なにニヤニヤしてんの。チョ〜うざぁい!」
「いや、嬉しくって」
「……ま、そうだよねぇ」

 ギラリ。ステージの上では見せないような性格の悪い色が瞳に映る。私の経験上、泉がこの表情をすると負け確定なわけで。

「なまえは俺のことだぁい好きだもんねぇ」
「うっ」
「ライブの感想、俺の目を見てちゃあんと言えたらたっぷり構ってあげるけど?」
「ぐうっ……」

 ないがしろにした、と言ったのをしっかり覚えているあたり泉らしい。とことん人の揚げ足をとるのが好きみたいだ。けれどその悪魔の囁きに揺らいでいる私もばかだと思う。ぐんぐん距離を詰められて、背中に感じるベッドの感覚は私にゲームオーバーを告げていた。

「歌うまいし、ウィンクまでして笑顔振りまいて、アイドルだなって。キラキラしてた」
「それで?」
「なんの心配してたのか知らないけど、私は泉と知り合ってから今まで、泉がいちばんかっこいいと思ってるよ」
「はい、合格」
「ひいっ!」

 OKが出た瞬間、体を持ち上げられて泉のベッドになだれ込む。私の顔の横に肘をついて、真上から視線がぎらぎらと降ってくる。真夏の紫外線くらい痛いぞ、これは。

「かわいくない悲鳴」
「ち、近い近い近い! けだものー!」
「あんた、何されると思ってるの」
「なにって、んっ」

 脳内にややピンクがかった妄想が広がりかけたその瞬間、唇を塞がれて顔に熱が集まってくる。角度を変えて何度も唇を食むその行動が心臓に悪い。

「ん、んんっ、ふ、ん〜!!」

 苦しいとめちゃくちゃ意思表示しているのに、泉はその意思を全然組んでくれない。力いっぱい顔を背ければ、追いかけてくる唇からなんとか逃げ出すことに成功する。けれどそれは泉の思うつぼだったらしい。唇を開いたときにはまたふさがれて、ぬるりと泉の舌が侵入してきたのだ。

「ふっ、う、んんっ」
「ん、んん」
「いず、やっ、んむっ」

 逃げられると追いたくなるのは泉の性分だろう。私が舌を奥に引っ込めても、しつこく意地悪く追ってくる。ようやく泉が離れても呼吸が全然収まらないくらいには、さんざんキスの嵐に弄ばれていた。

「やましいことするつもりなんて微塵もなかったけど、あんた意外といい反応するじゃん」
「いやーっ! へんたい!」
「はいはい。もうしないから、おとなしくしてよね」

 さんざん暴れたせいでめくれてしまったスカートを直して、ぐしゃぐしゃになったシーツも直そうとしたけど泉が私の横に寝転がってきた。もちろん彼のベッドでありなにも不思議なことはないけど、二人で寝るには少し狭いから自然と近づく距離にまた意識してしまう。もうしない、という発言に少しがっかりしてる自分が情けない。

「……泉、構ってくれるんでしょ?」
「良いよ。でも2時間寝かせて」
「んふふ。じゃあ起きたら映画借りにいこ」

 私を抱きまくらにしながらも、スマホのアラームをセットする泉の手際の良さといったら。私は別に眠くないけど、泉が頭を撫でてくれるのが心地良い。昔、よくこうやってふたりでお昼寝してたっけ。アイドルとしての泉は、やっぱり私の知らない人。だけど幼馴染の泉は全然変わってなくて、なんだかすごく安心した。

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