明らかに……でも嬉しい。 5/6
「速水ー! 今日はバレンタインだぞっ!」
「そ、そうですね……」
「何をはしゃぐ必要があるんだよ」
「倉間はチョコ欲しくねーの?」
「……どうせ、マネージャーからは貰えるだろ?」
同じサッカー部に所属する浜野君と倉間君は登校中、バレンタインチョコの話で盛り上がっていた。浜野君は顔をにんまり緩ませて、倉間君は恥ずかしくも真剣な眼差しで浜野君の話を聞いていた。
けれど、オレは彼らの話の輪に入る事ができなかった。
苗字さんに『好き』だなんて明白に告白はしなかったが、オレは昨日彼女を練習終わりに呼び出して想いを伝えた。自分の気持ちや意見を述べるのが大の苦手なオレはお手本になるような告白はできず、ただ「苗字さんの働く姿が凄く大人で――」と雰囲気で好きだと表した。
それを彼女がどう受け止めたのかは分からないが今日、バレンタインデーにこたえると言ってくれた。
だから今は他人の事なんて考えていられないのだ。
「……速水、浮かない顔してるけど、大丈夫かな」
「顔を下に向けて歩くのは日常茶飯事だし。誰かからチョコを貰えば心も晴れるだろ」
と微かに聞こえた気はしたが、苗字さんの方が大事に思えたので無視をした。
* * * * *
ついに放課後の練習後の時間がやって来た。
四人のマネージャーが集まって昨夜の晩、作ったそうだ。
部員全員それぞれ違う色の袋やラッピングに包まれたチョコを渡され、そしてオレの方にも彼女たちがやって来た。苗字さんが沢山のチョコが入った紙袋の中から一つを選び、オレに手渡ししてくれた。
「これ、私が作ったんですよ。味わって食べてください!」と微笑んだ。
オレは返す言葉が見つからず、こくりと首を縦に動かして返事をした。
彼女たちが配り終わると、部員全員が中身を確認するがどれもこれも皆同じものが入っていたらしく、浜野君は大げさなリアクションで「本命なしかー!」と少々悔しがっていた。
マネージャー全員が集まって作ったのだから同じものが入っていて当然だ。オレも恐る恐る箱のふたを取るとそこには可愛らしい形のクッキーが綺麗に並べられていた。そして箱の端にメッセージカードが――。
『あんな風に褒められたのは初めてだったので、凄く嬉しかったです! ありがとうございます♪ あ、あとそのクッキーは私特製なので!』
と書かれていた。
自分の気持ちは違う意味で伝わった。
このクッキーもおそらく義理なのだ。
けれどこんなに心がすっきりするとは思わなかった。
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