――ツヨクナリタイ。

漆黒の闇の中、その文字だけが光り輝いて俺の前に現れた。その後ろから不適に笑う、もう一人の自分が「また、強くなりたいだろ?」と手を差し伸べる。

何も考えず、俺はその手を握ろうとした……。

「…………どうして」

気付けば自室のベッドで右手を天井に伸ばしていた。

イナズマジャパンに選ばれ、ライオコット島にやって来たその日から、俺の夢は不吉なものばかりだった。

――ナゼ、エラバレタンダ。
――オレデ、ヨカッタノカ。
――ガンバラナイト。

そして、今夜は
――ツヨクナリタイ。

一体どうしたというんだろうか。俺の前に現れる"俺"は、確かにエイリア石を使った時の姿だった。吹っ切ったと思っていたのに、まだ悔やんでいるのか、それとも……。

「今日は眠れないな」

一人、寮を抜け出し、歩いた事のない夜道を散歩してみた。島で暮しているのに、そこは確かに日本で、寂しくなった商店街を抜け、噴水広場にたどり着いた。形の整った石やタイルが、噴水の周りを三メートルほど敷き詰めて囲んであった。六つの街灯がその周りに均等に立てられ、ぼんやりとした灯で地面を輝かせていた。

「日本にこんな場所、あるのかな」
「……あるかもしれませんよ」

丁度、噴水を囲む煌びやかな地面を歩いていた時、背後から返答される。馴染みのある声と軽い足取りでコンクリートを走る音は、よく練習中にも聴いたことがあった。

「苗字か」
「えへへ。いけませんよ、勝手に寮を出るのは」
「……お前も出てるじゃないか」
「私は久遠監督に呼び戻すよう言われたから来たんです」

胸を張って言う事でもないだろうと反論しかけて口を閉じた。
久遠監督は侮(あなど)れないな。

「じゃあ、帰るか」
「えぇ。こんなに綺麗な場所なのにもう帰っちゃうんですか?」
「お前は俺を呼び戻しに」と苗字は俺を通り過ぎ噴水付近にあったベンチに座った。
「来ましたけど、すぐにとは言われてません。それにまだ、風丸先輩の顔は曇っています。私でよければ……話、聞きますから」

俺は「あぁ、そうか」と口には出さなかったが、何故こんなにも真剣な眼差しで見つめてくるのか、何故久遠監督は彼女を選んだのか、分かったような気分になった。

「ありがとう」

それから隣の空いたベンチに座り、過去の黒い闇と今までの夢について話した。

* * * * *

「俺はまた欲しがっているんだ、強さを」
「それは誰にでもある事です」
「違う、俺はきっと」

次に言おうとした言葉を唾と一緒に飲み込んだ――どんな事をしてでも欲しがるかもしれないんだ。

「……強さとは違うんですけど、私もそんな経験があります」

苗字は目の前の地面を眺めながら、右足をぶらぶらと揺らし始めた。俺には確かにサッカーボールを蹴っているように見えていた。

「私、小さい頃からサッカーが好きで、ずっとボールを蹴ってたんです。ただ楽しいから、皆と試合をするのが面白いから。でも、小六ぐらいになった頃から、仲間との差が出始めたんです。

どんなに練習しても、どんなに努力しても、皆に追いつくことが出来なくて。やっぱり才能って必要なんだって実感しました。

でもサッカーから離れるのは嫌だった、諦められなかったんです。だから自分に合うサッカーとの関わり方を探しました」

振り子のように揺れていた右足はゆっくりと止まった。

「だから私はマネージャーになったんです。広いフィールドと仲間を把握して、戦略を練ったり、皆の健康面を考えたり。

小さい頃から調べる事は好きでしたから、私はその分析力を自分の"強さ"にしました」
「"強さ"……」
「そうです、"強さ"です!」

苗字は昂る気持ちを抑えられなくなったのか、立ち上がり、両手を大きく夜空へと伸ばした。圧倒される気迫に満ちた彼女の背中が俺に何かを訴えていた。

「"強さ"はパワーだけじゃないんです。自分の持ち前の技術を高めて"強さ"に変えられるんです!」

泣いてもいいよ、慰めてあげる
(『ありがとう』 潤んだ目から滴を溢して)

2012/01/03


prevlist┃―


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -