あの日は風が冷たく、土砂降りの雨だった。
風に遊ばれて、傘のない私を四方八方から濡らしていった。ブレザーから、ブラウスから、下着から、肌へ。順を追ってついには私の心臓にまで辿り着いたその雨は、私を誘惑する。
――いっその事、消そうよ。
――過去も現在も。
「……その方が楽になるかもね」
――そうそう、不動なら消せるさ。
「そうよ、過去は忘れなきゃ」
そうだ、私はどんな苦境だって乗り越えられる力がある。支えが無くたって、私は成人した立派な女性なのだから。あんな、アルバイト生活の男とは住む世界が元から違っていたのよ。
――でも好きじゃん、今でも。
――そんなろくでもない男が。
さっきまで、とはまた違う自分が現れる。私の弱みを知っているそいつは、もう少し考えても良いのではないかと提案した。
私は答えを探した。
その答えは私の真後ろにいて、温かく私を包み込んだ。「悪かった」って雨に負けた声で言われて、感じたくはなかった。でも雨と一緒に体から溢れる水が目から流れ出た。
――ほら、やっぱり好きなんでしょ。
――"自分"はさ。
「……好き」
でももうチャンスは尽きた。
私の「好き」で安心したのか、不動は腰に回した手をほどいた。安堵した声でもう一度謝っているのが、微かに聞き取れた。その台詞は何度目だったかしら。半年に一回は聞いた気がするわ。
「でも私の中では、終わりにする」
不動の顔など見たくも無い、いや、本当は見つめてキスぐらいはしたかったかもしれない。けれど、もう良いのだ。私が、"自分"が決めた事だから。
あの日は雨の後、清々しい天気になった。
囚われた心が(錠をはずした)
2012/01/03
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