それは卒業式が終わり、流された涙が次第に薄れていったときの教室で起きた。
士郎君から呼び出されて、彼の待つ教室の後ろから静かに入ると彼は教卓に座って黒板をずっと眺めていた。
何してるの、と聞くと教卓から飛び降り、私の側まで小走りで近寄ってきて適当に一番近い席を選んで座った。
「苗字は座らないの?」
「えっ? あ、うん。じゃあここに」
士郎君の座る席の隣を選び、彼の方に身体を向けて腰を下ろした。今日は士郎君の雰囲気が違う気がする。さっきも私の事を名前ではなく、苗字で呼び捨てをして……何かあったのだろうか。
私の目の前で口を開けたり閉じたりと話す勇気が無いのか、そればかりを繰り返し教室に入ってから五分間ほど一向に進まなかった。
けれど話したいのは彼で私ではない。彼が何か言わなければ、私もどうすれば良いのか分からない。
「えっと、うん。その……」
「士郎君らしくないよ? どうしたの?」
「…………ん〜」
「ねぇ、士郎君?」
体調が悪いのかもしれないと思った私は、彼の額に手を当ててみようと上半身を近づけた。そしてもう一度「士郎君」と呼ぼうとした時、
「うるさいっ!」
耳を塞ぎ私を酷く睨んだ彼の顔は私を絶望させた。まさか、士郎君がそんな事を言うなんて……心の中ではそんな言葉が飛び交い続けていた。
「お前にはまだ分からないんだな。顔が似てたら気付かないものなのか」
私は直感で彼の事を「アツヤ君」と呼ぶと、彼は嬉しそうに「何だ」と返した。
「そ、そんな……士郎君は」
「まぁ精々頑張って悩みな。これでお前ともさよならだから」
待って――席を立ち出口へ向かう彼を掴もうと立ち上がる。
けれど彼を止めて、真実を聞いて、私はどうする。聞かなくてもこの現実を見れば分かる事を、彼に言わせてどうする。
「さようなら。大好きな名前」
彼が振り返って見せた笑顔はどちらにも似ていた。
素晴らしき日々は唐突に終わりを告げる(私は誰に恋をしたの……)
2012/01/03
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