放課後の静まった教室に僕と苗字は二人きりで黒板を見ていた。綺麗に掃除をされて指紋も付いていない、それに僕達はこれから絵を描こうと話していた。

「……何を描こうかな。特に良い案が思いつかない」
「風景とか、人物とか。考えれば沢山浮ぶよ?」

苗字は縮れたチョークを一本右手に持つとそれを黒板に滑らせていった。太い線、細い線……曲線で何かが出来上がっていく。

「美術部の人は何でも思いつくんだね」

少し、ほんの少しだけ嫌味をトッピング。苗字は全く気にしなかった。逆に言った僕が恥ずかしくなる。

「そうでもないよ? 私はただ、好きなものをそのまま描くだけ。そこにあるものを絵で活かしたい、そんな感じでいつも描いてる」
「分かったような、分からないような……」
「ははっ、分からなくていいよ。自己満足だから」

苗字の絵は人を描いていた。丁度窓から差す夕日が黒板に影を作るだけではなくて……温かさとでもいうのか、彼女の描く人に命を与えているようだった。

「出来たっ……」

苗字の一声でぼやけて眺めていた物を集中して見始める。
その人物は、僕だった。

自分でもこんなに楽しそうに笑っていたのかと不思議に思うほど、絵の僕は幸せそうだった。

「吹雪君ってサッカーしてる時が一番イイ顔してるの、知ってた?」

あぁ、目の前にいる苗字が今どれだけ僕の胸をときめかせていることか。こうやって放課後に二人で遊ぶのは最近では頻繁になってきていて、それが僕にとって凄く幸せだった。

――きっと苗字は勘違いをしているんだ。僕が幸せな顔をするのは君が居るからなんだよ?


「吹雪君、顔赤いよ? 私はただ好きな人の一番好きな顔を描いただけなのに」

今すぐにでも彼女をものにしたい。
でもこの純粋な笑顔が消えるのはどこか物足りなくなるに違いない、僕はそう思った。


知らないよ、君のこころの中なんて
(それが嘘だとしても、今はこの距離のままで)

2012/01/03


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