どこかの小説で出てきた『賢者』の意味が分からなかった私は、放課後の帰り道、豪炎寺君に聞いてみた。
「賢者って何?」
同学年で成績の一、二位を争うほどの頭の持ち主なら答えはすぐに出てくると思ったのだ。予想通り、彼は辞書も引かずに目の前のある一点を見つめながら答えてくれた。
「道理に通じたかしこい人」
「……今一、つかめない」
その後、愚者の対義語だとか他の言葉で説明し、目が点な私に分かりやすく教えてくれるのだが、成績(ビリ)の一、二位を争う私では何を言われても駄目だった。
そこで最初に言った意味の『かしこい人』という所だけで済ませる事にした。
「結局はかしこい人が賢者よね?」
「……そういう事ではないが……」
「それなら、豪炎寺君は賢者だね」
私は笑った。
豪炎寺君も笑ってくれると思った、「そうだな」って。
まぁ彼の性格をもっと考えれば、それは有り得ない事だと気付けたのだが。私に考えるという動作はほとんど無い。
「俺は賢者じゃない」
豪炎寺君はすぐに否定した。
けれど、私は認めない。
「それは嘘だぁ」
「いや、賢者はかしこい人だからなれるんじゃなくて」
「私が決めたんだから良いでしょ」
「勝手に意味と取り違えるなっ」
彼はとてもかしこい。
冗談を真に受ける所が私の興味を引くし、どこか抜けていて面白い。だから絶対関わりそうにない私とこうして一緒に帰ってもくれるし、教室でも話しかけてくれる。
私はそんな彼を独り占めしたいんだ。
「ねぇ、これから『けんぢゃ』って呼んでいい?」
「なぜ、そうなるんだ」と顔を顰めているが満更嫌そうではなかった。
「大丈夫だよ。字で書くと平仮名で『けん』、"ち"に点々と小さい"や"で『ぢゃ』だから」
「口にしたら『賢者』じゃないか、恥ずかしいだろ」
「私は恥ずかしくないよ♪」
彼に無理矢理あだ名を付けてあげて、私はスキップをしながら彼の前を進んだ。もちろん、けんぢゃ、けんぢゃと言いながら。
「やめてくれぇ」
追いかけてくる豪炎寺君なんて気にもせず、私はひたすら彼を呼んだ。
『賢者』はこの世にいないでほしい。
『けんぢゃ』は私が欲しいから。
賢者なんて存在しないのかもしれない("賢者"はあなたという意味の私だけの呼び名)
2011/12/30
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