その人間は優しかった 4/4



頭に思い描いた場所は昔の家でした。

リビングには小さめの、けれどご主人様と私だけだと余裕が出来てしまうソファ。壁には空色のカーテンが開いたままの窓から入ってくる風で揺られています。中央に楕円状のテーブル。客人が来た時は、お洒落にスリッパを引っ張り出した襖に、ソファの前にはテレビが砂嵐のまま、茫然と立っています。

よく見れば、あの人でない誰かが私の座る場所に座ってテレビを眺めています。

誰ですか。
私の場所を取らないで下さい。

"期限は三日。期限は三日。期限は三日。期限は――"

何を繰り返しているのですか?
お願いです、そこに座らないで下さい。

ご主人様との場所を取らないで下さい。

* * * * *

「おい、大丈夫か」
「…………ぁあ」

重い瞼を開くのは一苦労だった。それに、どうも眼の周りに熱を持っている感じがする。ピントが合わない景色は、どうしても思っていた場所とは違っていた。

「良かった……さっきはすまなかったな」
「…………」

ここはふかふかしたベッドの中だ。そういえば、私は隣に立っている人間に押し倒されて……その後は意識が遠のいていったのだろう。あまりはっきりとは思い出せなかった。何となく自分の指を一本一本、丁寧に折ってみる。そして私の身体が一体誰のものなのか、ふと考えてしまった。

私が生まれ変わったのだろうか。それとも誰か別の身体に私の精神的な何かが入り込んでいるのだろうか。

分からなかった。
今分かっているのは、この身体を受け入れるしかないという事だけだ。そして、この場所も、この親切な人間も、今ある現実も全て。

「少し顔が赤い。やっぱり熱があるようだ」
「…………」

そういえば頭もボーッとする。

「雨の中で倒れていたんだ。その、は……」

蜃気楼のように映るその人間は頬を赤らめ、天井を見上げては頬を掻く仕草を幾度か繰り返した後、「は、裸で倒れていた」と恥ずかしそうに言った。

「な、何も見ていないぞ!」と付け加えて。

猫の時の自分なら、裸がどうしたと首を傾げているだろう。だが、今は"人間"の感情がすでに身についているようで、服を着ているにもかかわらず、掛かっていた布団を引っ張り、彼に背を向けた。

「ほ、本当だ! 見つけたときは正直驚いた。学ランやマントで包もうとしたんだが、足りなくて……近くの段ボールに入っていた毛布を使って運んだんだ」

今まで虚ろだった意識が、その瞬間目覚めて、勢いよく起き上がる。
そして、私は喋った。

「その毛布、どこにあるの?」
「あぁ、酷く汚れていたから、恐らくもう使いの人が捨てただろう」
「そんな、そ、そんなぁ」

あの人と積み上げた思い出は一瞬にして崩れた。隣で私が話したことに少々驚いている人間が悪い訳ではないが、どうしても、八つ当たりしてしまう。

「なんで、なんですてるの!」
「……あれは、お前のだったのか」
「ひどい、ひどい、ひどい!」

私はただただ泣きじゃくって、後ろにあった枕を思い切り投げつけた。人間は枕を受け止めると、狂った私の側に置いて、風のように部屋を後にした。


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